「うつ消しごはん」は本当に鬱を消すか?
はじめに
「うつ消しごはん」という著書をご存じだろうか。私は寡聞にも知らなかったが、「日経Gooday」に記事があり、たまたまそれを目にすることを通して知った。
こちら、無料で読める部分だけでも、うつ病患者として非常に引っかかる部分がある。
残念ながら著書を持っているわけではないが、著者、藤川徳美氏のお考えを追いつつ、妥当性を考えていきたいと思います。
あくまで、中立的に書いていきます。
著者はどういった人物か?
オーソモレキュラーについて
軽くお調べした結果、「分子栄養学」、「オーソモレキュラー」というワードにぶち当たりました。オーソモレキュラーについてはこちら(https://www.orthomolecular.jp/)をご覧下さい。オーソモレキュラーについての考え方は、私は以下のように考えておりますので一部引用させていただきます。
オーソモレキュラー栄養療法についての自分の考えを書かせて頂きました。がんや認知症が治ってしまうような魔法の治療法ではありませんが、うつ病や不登校のお子さんの治療の助けになることはあると思っています。
オーソモレキュラーの動きに関しては、現状科学的根拠に乏しく、
オーソモレキュラー栄養療法
栄養素と食事による、
投薬だけに頼らない根本治療。
薬では限界がある
現在医学では限界がある
栄養で病気を治す医師たちがいる
と、ホームページトップに書いてしまうほどであることは書き記しておきます。当然、現代医学で治らない病気はあります。限界はあります。それを「あたかも栄養状況の改善だけで直せてしまう」という誤謬を与えてしまうのは非常に良くないと思われます。
もちろん、栄養状況の改善は病気の改善につながることはよく知られています。(糖尿病に対する食事療法とかが有名ですよね。)ただ、それだけで直すといって、根本的に必要な薬を断たせるような治療方針はいかがなものでしょうか。
タンパク質への考え方
彼の考え方がここからも読み取れます。藤川氏のfacebook記事からの引用です。
「タンパク質が十分量あれば、DNAが勝手に病気を治してくれる」というと、驚かれるかもしれません。
分子生物学によりますと、生体はDNAによって制御されています。したがって、健康を損ねている人の体では、DNAの指令が完全に遂行されていないということになります。
(中略)
具体的には、タンパク質が不足した状態で代謝をしなくてはならなくなり、使い古したアミノ酸が再利用されることになります。古いアミノ酸にはミネラルや原子団が結合しており、変形をきたしています。古いアミノ酸を使ったタンパク質は、免疫作用から「非自己」と判断された場合、リウマチなど自己免疫疾患の原因となります。
これは生化学の教科書に書かれていることなのですが、DNAというのは一般的に同じ人間同士を比べても変異があります。有名どころだとALDH(アルコール脱水素酵素)をコードするDNAは人によって異なり、強い能力を持ったALDHになったり、弱い能力しかなかったりします。これが人によってお酒が飲める、飲めないが決まる要因です。これがひどく変異してしまうと、例えば1型糖尿病などといった、先天性の病気になってしまいます。DNAが働くからと言って、もともとのDNAが壊れていたら意味がないのです。
古いアミノ酸にはミネラルや原子団が…の話はおそらく翻訳後修飾でしょう。翻訳後修飾は例えばシステインのジスルフィド結合などとして医学化学系の学生ならよく知っている話かと思います。
根拠が示されていないので「古いアミノ酸(翻訳後修飾をうけたアミノ酸)がタンパク質再合成に使われる」のも、それが自己免疫疾患の原因になるのも少し疑問が残ります。
自己免疫疾患の原因は、完全には明らかにされていません。体内のタンパク質が変質して異物として認識されてしまうケースや、タンパク質の構造が似ているため誤って攻撃してしまうケース。免疫機能そのものに、何らかの障害が起きているケースなどが考えられています。
とある通り、タンパク質を間違えて攻撃してしまうのが自己免疫疾患の原因かもという話こそあれ、アミノ酸の再利用との関連性は見つけられませんでした。
そもそも、タンパク質合成酵素はmRNAを読み込み、tRNAがアミノ酸を運んでくる仕組みなので、tRNAと異常アミノ酸が結びついていないとこの論理は成り立ちません。tRNAが間違ったアミノ酸を訂正する仕組み(Wikipediaが分かりやすかったので引用してあります。)をもつことから、異常アミノ酸をつかんでしまうことは考えにくいのでは…?
校正機構
タンパク質合成に用いられるアミノ酸の中には、側鎖の大きさが似たアミノ酸が多く、単純にaaRS基質結合部位の形状を対応するアミノ酸をちょうど受け入れる形状にするだけでは十分な選択性が確保されない場合がある。この場合、本来特定のコドンに対応するアミノ酸ではないアミノ酸に翻訳されたタンパク質が一定割合で作られることになり、生物の生存に不都合である。
そこで、tRNAに本来とは異なるアミノ酸が結合 (ミスチャージ) した場合に、そのアミノアシルtRNAを加水分解する機構 (校正機構、editing) を有するaaRSが存在する。校正反応は多くの場合基質結合部位とは独立したドメイン (校正ドメイン) に加水分解に働く別の結合部位 (ミスチャージしたアミノ酸の側鎖と親和性が高い) で行われる。校正ドメインが別のポリペプチド鎖としてコードされている例も存在する。
と著者の主張をいくつか見ていきましたが、根拠に少し乏しい発言をいくつかなされているようであると見受けられます。医学をかじった方ということなので、できれば根拠となる論文を出しながら文章を書いていただきたいものなのですが…
著者の主張(うつ、発達障害について)
著者のうつや発達障害への主張
さて、著書が読めない代わりに、著者の鬱、発達障害に関しての見解をホームページから読み取っていきたいと思います。
慢性疾患は、「活性酸素」により「慢性炎症」を生じ、細胞が「酸化」、「糖化」され傷つくことにより生じる
うつ病、アルツハイマー病、ADHD、悪性腫瘍、脳梗塞、心筋梗塞、糖尿病、慢性関節リウマチ、膠原病、潰瘍性大腸炎、クローン病、関節炎、アトピー、アレルギー、等
「慢性疾患は…傷つくことにより生じる」はおおよそ正しいですね。活性酸素はいわゆる一重項酸素やペルオキシラジカルだとかのことです。細胞の糖化は糖尿病で測られるHbA1cというのが有名ですね。しかし、今回はうつ病、ADHDに焦点を当てていきます。
では、このような病気は著者によれば…
われわれが持っている遺伝子(DNA)は代謝酵素などの蛋白質の設計図
つまり、DNAが設計図通り働くよう、原料(蛋白質)は十分量摂取する
で改善するとのことです。遺伝子が生まれつき異常がある病気はこの論理で絶対に解決しないということを抑えておいてください。
続いて糖質についての主張がこちらです。
過剰な糖質はインスリン分泌を促し、「慢性炎症」を起こして細胞を「糖化」させる
インスリンって細胞の糖化と関係ないですよね…?インスリンって細胞中に糖を取り込んでくれるものですよね…?と思い調べた結果が以下です。
血液の流れに乗って、それぞれの臓器や組織の細胞まで糖がたどり着くと、同じく血液中を流れているインスリンが、細胞内に糖を取り込めるよう働きかけます。インスリンの働きがなければ、体が活動するためのエネルギー源として糖を使うことはできません。
インスリンは細胞のドアを開ける鍵のような役割を果たしています(図1:糖とインスリンの働き)。インスリンの働きによって、細胞の前まで到着した糖はすみやかに細胞の中に入り、糖は血液中にあふれることなく、血液中の糖の濃度は一定の範囲におさまっています。
やはり、著者が主張するように、インスリンのせいで太る、糖化が起きるというのは間違いなのではないかと考えられます。
(個人的な経験ですが、赤血球の糖化で作られるHbA1Cは糖尿病の指標として使われるのですが、ということはインスリンがちゃんと出ていたら糖化は起きないのではないのでしょうか…?)
現代医学で分かっている鬱病の機序
まず、うつ病ですが、様々な機構が考えられています。最新の仮説はミクログリア細胞の暴走によるものです。
ストレスによりミクログリア細胞(グリア細胞の一種で脳内環境の維持・調整に関与しています)からIL-1β, IL-6, TNF-αなどの炎症性サイトカインが分泌され、脳内が炎症を起こし、うつ病を発症するという説です。
こちら、論文がJstageで読めますので、ぜひ読んでみてください。
ミクログリアは脳内マクロファージとして、中枢神経系の神経炎症の中心的役割を果たす。活性化ミクログリア由来の炎症性サイトカインやフリーラジカルは、シナプス病変、神経新生抑制、白質病変形成などの組織学的変化を通して、機能性精神疾患の病理生体に深く関与している可能性がある。
すくなくとも、うつ病に関しては「活性酸素」や「糖化」が原因であるわけではないとここから理解できます。
現代医学で分かっているADHDの機序
ADHD、実はよくわかっていない…というのが実情です。
ADHDの原因は、はっきりとはわかっていません。さまざまな研究より、ADHDは「脳」の機能に問題があることで、注意や行動をコントロールすることが難しくなっていると考えられています。
生まれつきのものであり、きちんとしたしつけを受けていないことや、また、逆に厳しすぎる養育環境によって、ADHDになるというわけではありません。
ADHDを発症する原因は、今のところはっきりとは分かっていません。現時点では、前頭葉の働きが生まれつき弱いことが関係しているのではと考えられています。生まれつきのものなので、育て方の影響でADHDを発症することはありません。「自分の育て方が悪かったのでは」と気にしすぎないようにしましょう。
前頭葉は物事を考えたり行動をコントロールしたりするときに働く部分です。思考や判断、注意や計画などを司る前頭葉がしっかり働かないことにより、ADHDの症状が出ると言われています。
このほか、脳内の神経伝達物質が不足しているという説も有力です。シナプスが情報のやり取りを行うためには、ノルアドレナリンやドパミンなどの神経伝達物質が必要になります。ADHDの方では、これらの神経伝達物質の量が少ないため、シナプスによる情報伝達がうまくいかないのです。
少なくとも、「前頭葉に生まれつきの変異がある」ことによってADHDが発症してしまうことが共通見解のようです。こちらも「タンパク質を取ったからと言って治癒する」ような理屈が生まれてきません。生まれ持った障害を食事で直せるものなら直してほしいです。それこそハリーポッターに出てくる骨生え薬のようなもので。
まとめ
著者のやり方が通じるタイプの「うつ」
こうして病気の方面からうつや発達障害を語ってきましたが、一般的な方も「憂鬱な気分」を味わうことはきっとあるでしょう。その憂鬱な気分によって手が震えて食事がのどを通らずどんどんやせてしまったり、そんな極限状態の「うつ病」と指定される方は脳に変質が起きている可能性が高いということがお分かりいただけたかと思います。
逆に、脳機能に大ダメージを食らっていないのに鬱っぽい方は生活習慣の改善で健康を取り戻すことができることもよく知られています。
うつ病への対応は、その重症度によって異なるため、重症度の判定も大切です。判定のポイントは、診断基準の項目に当てはまる数と、日常生活にどの程度問題が生じているか、の2つです。当てはまる項目の数はあくまでも目安で、実際の診断では、仕事や学校、家庭など、社会的な機能に問題が生じていないかどうかがより重視されます。うつ病かどうかの判断や、重症度の判定は自分で行わず、心配な場合は医療機関を受診しましょう。
こういった、周囲のストレスによって軽い鬱状態になった方が食事を3食取り、よく寝て休むことで復活することができる場合があります。この「軽い鬱状態」にたいして「うつ消しごはん」というプラセボが効いたのだと私は思います。
鬱病かな?と思ったらまず病院へ
私がうつ病患者(正確には双極性障害)として、皆様にお伝えしたいことは
もっと気軽に心療内科やメンタルクリニックに頼れ!!!!
ってことです!精神病なんて脳の病気です!心の持ちようとか一切ないです!(ない訳じゃないけど、それは直すための一助であって、それで治ったら病院なんていりません。)
もう一度引用しておきます。
うつ病かどうかの判断や、重症度の判定は自分で行わず、心配な場合は医療機関を受診しましょう。
内臓が悪くなったら内科、怪我したら外科、それと同じで脳がおかしくなったら精神科、メンタルクリニック。そのくらいの軽いノリでいいんです。一人でも多くの人が救われればいいんです。
精神科のお薬は依存性が…とか、「お前の状態は依存性を考えてるヒマがないぐらいヤバいから薬出してんだよッ!」ってことです。基本的にお医者や薬剤師さんの指導に従っていれば依存性リスクは低くなるように処方が組まれていますのでご安心ください。
精神科に行く際は「どのような気分を感じるか」「何ができなくなったか」とか、いつもと違う様子をメモしていくとよいと思います。内科とかでいう問診にあたりますね。
精神科を受診するのに後ろめたく感じる必要はないです。むしろ「今後ろめたく感じて受診を遅らせたことで、取り返しがつかないことになる」ことだってあるんです。
健康は大事です。医者は皆さんの健康を守るために大変な勉強をして日々働いてくださっているのです。患者の側から医者を信頼することも大事…なのだときっと思います。
あ、でもちゃんと評判を調べて、「オーソモレキュラー」とか「波動治療」とか、「代替治療」とかはちゃんと避けましょうね…といった言葉で〆ようと思います。
標準治療が一番使われててみんなに効くんじゃよ。
最後に。日経Goodayさんよ、「最新・信頼の健康・医療情報サイト」と名乗っておいてこれはひどいんじゃないですかね。与えられた情報を鵜呑みにするのではなくて…ライターの方もしっかりしてもろて…
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