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【一気読み】出会う【溺れる君】

   ぼくは15才の人間。
 
  名前はない……というか忘れてしまった。

  いつもお前とよばれていたし。

  それなのに、なんで15才ってわかるかって?

   三種の性の検査をする年が15才だから。

   結果はオメガ。

  もともとゴミのようにされていたんだけど、アルファしかいない家だから、完全に捨てられることになった。

 
 ガチャ
 
 バンッ

『以後、この屋敷を跨がぬように……ゴミが』

長いあしでけり、ゴホゴホするぼくのあたまを強くつかんでいくシツジ。

ズルズル

そのままひきずり、門のソトへ投げだしたあとにつばを吐きかけてきたんだ。

 大きい家のドアを閉めた音がきこえてから、やっと立ち上がったぼくはそろりそろりとあるきはじめる。

伸びきっていてぐしゃぐしゃなクロい髪、やぶれたりさけたりしているみずいろのワンピースを着ているぼくははだしだから、じりじりといたい。

 はじめてソトにでたのに、あたりはまっくら。

たすけを求めるばしょも人もいない。

とおくでヒカリとオトがきこえるから、そこまでいこうとおもうのに。

ぼくのからだはぜんぜんうごいてくれないんだ。

いままでのいたいいたいがイッキにあふれてきて、イキぐるしくなったぼくは道のはじっこに小さくなる。

  「今日、楽しかったね」

 「ハロウィン、最高!」

声がきこえるところを見たら、2人のおんなの子があるいていた。

  着たことがないたくさんの色がついた服。
  キラキラした笑顔と声。
  きいたことのない楽しそうなことば。

  どれもぼくがもっていないものがキラキラしていたんだ。

 つめたい風はぼくのからだとこころをひやす。

「ぼくの人生、サイアクだったな……」

目を閉じたら、つめたい水がほっぺたについて、下にながれる。

ブルブルがいちばん強くなってきたから、ぼくはからだをもっとギュッと小さくしたんだ。

 このまま、しんでしまえばいいのに。

   「トリックオアトリート……お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ♪」

たかい声がきこえてきて、なんだろうとかおをあげる。

ピンク色の髪がみみまであって、はながたかいおとこの子が口のはじっこをあげていた。

とりにくのあとり……よくわからない。

「なにを言ってるんですか?」

ことばのイミもかおのかたちのイミもわからないぼくはとまどうしかない。

カレはぼくを見つめながらボサボサのクロい髪を左手でなでる。


「日本人じゃないの?」

とてもキレイなかお。

「日本人ですけど」

つぎはわかった。

「名前は?」

ほんとうの名前を言ったら、カレはいなくなっちゃうのだろうか。

でも、ウソをついてもカレのまっすぐな目でわかってしまいそうだから、しょうじきに言う。

 「御前(おんまえ)です」

このセカイではゆうめいな名前をビクビクしながら言ったのに、カレはクスリと笑っただけだった。

「かわいそうに……こんなかわいい子を隠し持っていたのがあのくだらない一家だなんて」

 もったいないと付けて左手をあたまのうしろからくびへもってきたカレは伸びきった髪をうしろにまわしはじめる。

御前家はたくさんの人にうらまれてるってきいたことがある。

カレもその人なんだ。

ぼくはすこしでもいたくないように目を強く閉じた。

きっと、カレはくびをしめるんだとおもったから。

ああ、あっけないな。

イキがしづらいのはたぶんほねがかなりオレてるから。

カレにコロされるのか。

でも、なんでだろう。

ぜんぜんこわくないんだ。


だから、フッと鼻で笑ったのをきいて、ぼくはチカラをぬいた。



   

 もし、ほんとうにカミサマがいるのなら、おねがいです。

カレをワルい人にはしないでください。

そして、ぼくを生きかえらせないでください。

もし、生きかえらせるのならば……カレのすきな人がいいです。

コロしてくれたカレをたすけるためならば、いいのです。

ぼくのくびにある手にチカラが入ったのか、あたまがからっぽになってくる。

くびがほそいからあっというま。

すると、アカいヒカリがぼんやりとでてきた。

はじめて見たぼくはそれを朝日だとおもったんだ。

「ハ、サ……ヒ」

言ってみたら、強くしめられたからうまく言えなかった。

もうすぐしぬのはわかったけど、なんかいいな。

「キ、れ……い、だ」

とどかないかもしれないけど、ぼくは手を伸ばしたんだ。


 「アカン!」

でも、その声とともに手をつかまれ、朝日もなくなってしまった。

やっぱり、とどかなかった。

「自分から傷つきにいくなんて、アホだよ」

もう信じられないってカレはなぜかおこっていた。

くるしいのもなくなっている。

「なんなん、本当に死にたいの?」

なんで、そんなにおこっているの?

しかも、かなしそうに。

「あなたはぼくをコロすつもりだったんでしょ? だから、ぼくはそれにさんせいしたんです」

ぼくはとっくにカクゴはできてるよ。

「それなら、なにもしなくていい……俺に縛られてて」

伸ばした手がさっきまでくびにあった左の手にぐるぐるされて、ベタッと地面に止められた。

わかった、なにもしないよ。


 こんどは右の手がぼくのかたをおさえるから、まだ目を閉じたままでいることにする。

なぐるのかなっておもったんだ。

次にさけるようないたみとあたたかい水があふれだす感じがしたのはソウゾウがついた。

でも、ヨソウもしないことが次々と起こる。

 チュプチュプ

ドクドクとからだのソトへでているはずのチがやわらかいもので止められて、少しずつすいこまれていく。

 モクモク

最初はくすぐったいような感じがからだのぜんぶをつつんだ。

フシギとイヤじゃないから、わけがわからない。

「ア、ぁ……アぁ、ンア……ハァ」

しぜんにでる声がじぶんじゃないみたいなんだ。

なんか、ぼく……変だ。


 ふわふわ

温かいものがからだをビリビリさせて、だんだん下から上へとうごいてくる。

「ハァ、アぁ……ンハァ、あ……ン」

こんどはあたまがまっしろになってきた。

これが……気持ちいい、なんだ。
 

   「気持ちいい?」

チュッとともにひくくてあまい声が目のまえできこえてくる。

「もう、しんでもいい……」

ふわふわしながらなんとか言ったぼくをふふふと笑うカレ。

「俺、吸血鬼なんだ」

「きゅう、けつ……き?」

兄たちがときどきその話をしていたのをおもいだす。

「俺の家族を御前家は傷つけてきたから、今から君はその罪のせいで死ぬんだよ」

やさしい声でカレは話しつづける。

「血は全部飲み尽くして、皮と肉は全部食べて、骨は御前家に送り付けてあげるから」

カレはうれしそうに話すから、ぼくはいいよとうなずく。

「君はただ快楽に溺れていればいい……もう俺のものだから」

ぼくはキョウハクされているはずなのに、うれしかった。

「こんなぼくだけど、ぜんぶあげますから。だから、どうにでもしてくださいね」

ぼくはしょうじきに言って、カレが最初にした顔のかたちをしてみたんだ。

「もちろん、そのつもりさ」

カレはまたフッと笑って、またチュプチュプとすいはじめた。


 ずっとからだがビリビリしつづけているなかでなぜかカレの声があたまに伝わってくる。

"血は15分で吸い尽くせるよ……大丈夫、少しも怖くないさ"

"君の全ては僕の血肉になるから。もちろん、心ももらう"

"骨の髄までしゃぶり尽くして御前に送りつけるから"

"でも、君のことを寝かせるつもりは一切ないよ。どんな時も君を思い出すから"

"諦めなよ……朝日家の次期トップに捕まったのが運のツキさ"

脅されているはずなのにふわふわがふえてきて、ついにバンってはじけた。

びっくりしたぼくははじめてさけんじゃった。

「ンアッ、あ、あっ……ご、ごめんなさい」

ブルブルしたままのからだはこわさでますますふるえる。

「イッちゃった?」

やさしく言うカレは耳をペロリとするから、また変な声がでる。

「なに、それ……?」

とまどうぼくにカレはまたふふふと笑う。

「知らないんだね、かわいい」

かおのはじっこにカレはチュッとしたから、よりわからなくなったんだ。

  
 「ねぇ……君って、いくつ?」

「15才です」

ほそく開けた目から見えるカレは変わらずニッコリしていた。

「もしかして、初めて?」

あまく小さい声で言ったカレは右のひとさしゆびでチをくるくるして取り、ながいベロでぺろりと一口でなめる。

ぼくは寒くないのに、からだが大きくブルブルってなった。

「あらら、君の初めて……奪っちゃった♪」

カレは顔を左にたおしてグーにした右手を右のこめかみに一回当てた。
 
それがとてもかわいかったんだ。


  「あなたは天使ですね」

ぼくのことばをきいてキョトンとするカレ。

「どっちかって言ったら、君の方が天使じゃないの?」

フシギそうに言ってコテンとしたカレだけど、ピンッときたみたいで目を見開いた。

「天国よりも良いところに連れてってあげるね」

やさしい声で言ってからぼくをむねにだいて、強くくびをかむ。

「どこ……?」

ぼくはがさがさした声できく。

「楽園さ、すぐに気に入ると思うよ」

カレがほそくした目がアカく光ったのをさいごに、ぼくのイシキはなくなってしまったんだ。

     
しらない。

こんなのしらない。

あたたかくて
やわらかい

これがやさしさなのか。

ピンクのカレはほんとうに楽園へつれてってくれるだろうか。

まぁいいや。

カレとならどこへでも。


 ゴトン

力なくつめたいところへおとされたのがわかった。

ああ、さっきのはユメだったんだ。


「そんな憎いならさ、マーにぃ。殺してあげてよ」

マーにぃってだれだろう。

「頭の傷、つけられたんだよね。 復讐してやったら?」

ああ、その人もか。

「あな、たも……御前家に、うらみが、あり、ますか?」

ぼくはなんとか目をすこしあけて、ガサガサした声できく。

キミドリ色の髪の人がきっとマーにぃ。

マーにぃは口をまげてちかづいてきた。

「ありすぎるくらいやわ。今、返してやるからなぁ」

手を伸ばしてすこしうえにした。

ぼくのからだがなぜかもちあがり、あごをみせる。

マーにぃはニヤッと笑い、手をギュッとにぎった。


すると、ブルブルとからだがゆれはじめた。

めからもくちからも水がながれるけどたいしたことない。

何回か父上のしじででんきをあびたことがあるから。

ぼくはきがくるっているからって。

つよくなったけど、ぜんぜんだいじょうぶ。

うらんでいるなら、もっとやってよ。



 いつの間にかでんきが止まっていた。

「こんなもんで、いいんですか?」

ぼくはヨインでピクピクとふるえながらも、笑っていた。

「おまえ、そのままやとたりょうしゅっけつでしぬねんで!」

やった人なのに、なぜかほえている。

「チならだいじょうぶです。ねぇ、ピンクさん」

あとはよろしくね。

「はーい。俺が綺麗に全部吸ってあげるさ」

ピンクのカレはボロボロの服をビリビリして、チュプチュプとすっていく。
 

 「なに、してんねん」

「チをすいつくして、カワとニクはたべて、ホネは御前家におくっていただけるとヤクソクされましたので」

すらすらと言うと、マーにぃの目がいっしゅんゆれた。

「そんなことをいって、ゆるされるとおもうなよ」

キッとにらむかおを見て、そうだろうなとおもう。

「ゆるされようとはおもっておりません。ぼくはずっとくるしめられるだけですから」

さぁ、どうぞとぼくは口のはじっこをあげた。

「よう、どうにかしてくれ」

なにをまよっているのだろう。

うらんでいるならコロせばいい。

それだけなのに。

「遠慮なく殺したらいいじゃん。その後、俺がもらって永遠に俺のものにするから」

右手でぼくのあたまをなでて、ふふふと笑うピンクのカレ。


 「ごめん、御前に骨やんないことにしたよ。君の骨をしゃぶっていたいから」


ああ、ホネまでカレにうばわれてしまうんだ。

でも、わるくないな。

「ぼくはずっとあなたにいたぶられるんですね。あなただから、いいですよ」

そのかわり、ずっとそばにいてください。

「そう言われたら照れちゃうな。もう離してあげないから」

ぼくもあなたのそばにいますから。


「はい。じごくにいっても、ぼくは……あなたのものです」

ぼくはふふふと笑った。


 ガタン

「ではその命、やつがれがいただいてもよろしいでしょうか?」

きいたことがない声のさきを見ると、オレンジの髪の人がいた。

おとなの笑いかたをしてちかづいてきた。

「あげます、もうどうにでもしてください」

にへらと笑うぼく。


「大丈夫でございますよ、悪いようにいたしません」

そうしずかに言ったその人はおでこをごっつんこした。


 「貴方様は夕馬でございます」

ぼくはまったくイミがわからなかった。

「なに、それ」

「代わりにお名前を差し上げたのでございます」

その人はピンクのカレみたいな笑いかたをして、ぼくのあたまをなでる。

「貴方様は今から人質でございます。朝日家の四男として生き、いづれかは御前家を潰すトップへとなるのでございます」

「朝日、家……?」

「はい。貴方様は罰として生きていただきます。貴方様が大事にしていた御前の名は今捨てました」

おほほと笑うその人。

「貴方様は愛に溺れていただきます。縛られて苦しんでも、絶対に死なせませんので、ご覚悟を」

「くるしい、の?」

「それはもう。あなたが受けてきた暴力や地獄の罰よりずっと」

「それな、ら……おねがいいたします」

ここが楽園なら、それでいい。

ぼくはあんしんしてイシキをはなしたんだ。

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