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息をするように本を読む32 *〜松本清張「疑惑」〜


 田村正和さんの訃報がニュースで流れた。
 昔の映画はあまり知らないが、ドラマはいくつか拝見し、すごく存在感のある俳優さんだと思っていた。

 テレビでも追悼番組がたくさんあるだろうと思っていたら、先日、2時間ドラマ「疑惑」が再放送されていた。


 「疑惑」は松本清張原作の中編サスペンス小説だ。

 舞台は北陸のある街。
 夫婦の乗った自動車が埠頭から海に落ち、夫は亡くなり、妻だけが脱出して助かった。

 当初は不運な事故と思われていたが、亡くなった夫が地元で誰も知らない者がない資産家だったこと、助かった妻はその後妻であったこと、2人の年齢差が親子ほどもあること、夫は全く泳げないが妻は水泳の達人だったこと、などから、北陸日日新聞の記者、秋谷は、資産家の妻に疑念を抱く。
 
 妻の名前は球磨子(くまこ)という。
 秋谷は、球磨子が結婚前は東京で水商売をしていたこと、傷害や恐喝などの前科があること、組関係者などと交流があったこと、等々調べ上げ、この事故には何か裏があるのではないか、と告発する署名記事を書いた。
 これに目をつけた全国週刊誌が、球磨子の過去をあれこれ書き立て、「北陸一の悪女」「稀代の毒婦」などという派手な見出しが踊った。
 球磨子の旧姓が鬼塚だったことから、「オニクマ」と言う、いかにもな呼称までついた。
 
 警察も世論に背中を押される形で捜査を始めた。
 そして、資産家には球磨子を受取人にした数億円の生命保険がかけられていたことが判明するや、一気に彼女の立場は悪くなった。
 その他にも、彼女にとって徹底的に不利となるさまざまな証言が見つかり、彼女は保険金詐取のために資産家を事故に見せかけて殺害した容疑で逮捕された。

 状況証拠しかないものの、その状況は限りなく黒に近い。しかし、球磨子は一貫して無罪を主張する。
 やがて球磨子の弁護人が健康上の理由で辞任した。
 この絶望的な状況と、そして彼女自身の粗暴で人を人とも思わないようなエキセントリックな行動も相まって、誰も後任を引き受ける者がいない。
 そこに国選弁護人、佐原が現れた。
 佐原は、誰もが球磨子有罪を信じて疑わない中、ひとつひとつなぞるように事件を調査する。
 秋谷は、微かな心のざわめきを感じて、佐原の動きから目が離すことができずにいた。


 「疑惑」は今までに、映画を含めて6回映像化されている。

 おそらく映画が1番古い。
 佐原弁護士を岩下志麻さん、球磨子を桃井かおりさんが、演じられていた。
 事件の謎解きももちろんだが、育ちも立場も考え方も違う2人の女性の対立確執が描かれていて面白かった。

 残り5作はテレビドラマだが、私が見たのは田村さんのを除いて2作。
 それぞれ、常盤貴子さん×尾野真千子さん、米倉涼子さん×黒木華さん、の主演だった。

 お気づきと思うが、原作では新聞記者の秋谷が主人公なのに、この3作では佐原弁護士が主人公になっている。
 そして、原作では佐原は男性だが、これらの作品では女性だ。


 いずれも美人で理知的でいつも冷静さを失わない佐原と、仇っぽい美貌で感情の起伏が激しく、でもどこか人を(特に男性を)惹きつける魅力を持った球磨子の、あるときはギョッとするような、ときには小気味良い、丁々発止のやり取りが見どころだった。
 
 題材は同じなのに、視点と焦点を変えるだけで全然違う物語になることに、とても興味を惹かれた。


 原作と同じ、秋谷を主人公にしたドラマも2作あるらしいが、私はまだ見たことがない。

 原作では秋谷の目線で、淡々とニュースドキュメンタリーのように物語が進んでいく。
 正義感(と呼んでいいものならば)と功名心に満ちた地方新聞の花形記者が、自分の書いた記事に絶対の自信を持ちながらも、佐原の言動が心配で不安でたまらず、次第に苛立ちを募らせていく。
 そのあたりがどういうふうに描かれているのか、ぜひ見てみたいと思う。
 

 田村正和さん主演の「疑惑」は、佐原弁護士が主人公で、もちろん田村正和さんが演じられていた。
 原作にはない、佐原の経歴や球磨子の過去、2人の心の触れ合いなどが語られて、抒情的でちょっとセンチメンタルなドラマになっていた。
 なるほど、こういうのもありか、と思った。
 
 佐原弁護士が主人公の話と秋谷記者が主人公の話とでは、ラストも全然違うものになっている。

 機会があったら、ぜひ見比べ(読み比べ)ていただきたいと思う。


 
 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。


 田村正和さんは本当に稀有なオーラを持った俳優さんだった。ご冥福を心からお祈りする。


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