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息をするように本を読む50 〜宮部みゆき「三島屋変調百物語」〜

 私は見かけによらず(深い意味はないので、さらっと流してください)怖がりで、怪談物はまず読まない。

 漫画でも小説でも映画でも、国内国外問わずホラー作品は全くと言って読んだり見たりしていない。
 名作と名高い物もあるし、もったいないかなとは思うのだけど、こればかりはどうしようもない。

 そんな私が、百物語、などと銘打たれた物語を手に取るとは思わなかった。
 百物語とは、江戸時代に流行った肝試しのようなものだ。
 夜に座敷に集まって、皆で怪談や怪奇話をする。そのとき、座敷にろうそくを100本灯しておき、順番に怪談を話してひとつの話が終わるたびにろうそくを1つずつ消していく。
 100話を語り終えて100本目のろうそくを消すとき、真っ暗になった座敷に怪異が現れるという言い伝えがあるそうだ。
 
 元々は、武家で男子の精神鍛錬のために行われていたという話もあるが、庶民の間に広まったときには、夏の夜の暑気払いの趣向になっていた。
 本当に怪異が現れたら困るので、話は99で終わりにする習わしもあったという。

 こんな怪談話の物語を、どうしてこんな怖がりの私が読んだのかというと、きっかけは少し前まで購読中の新聞に掲載されていた連載小説だ。
 昨年の夏、我が家の購読紙の朝刊で、宮部みゆき氏の「三島屋変調百物語 よって件のごとし」の連載が始まった。
 このシリーズ、書店や新聞広告でタイトルを見かけて気になってはいたのだけど、怪談、というので二の足を踏んでいた。
 連載が始まって、恐る恐るおっかなびっくり読み始めたら、これが面白い。
 確かにちょっと怖いところもあるが、いわゆるホラー物とかただ怖いだけの物とは、一線を画している。
 このシリーズは、もうすでにたくさん刊行されていて、文庫化もされているという。
 新聞の連載だけを読んでももちろん面白いが、どうせなら最初から読みたいじゃないか。
 
 ということで、私は書店に走る。
 「三島屋変調百物語」は、1巻目「おそろし」に始まって5巻目「あやかし草子」でひとまず、第1部が終了。文庫化はここまで。 
 第2部も既に2巻、単行本で出ているそうだ。新聞に連載されていたのは、どうもこの後の物語らしい。


 時は江戸時代。
 江戸は神田の袋物屋三島屋が、他では聞けないような珍しい怪異話を集めているという。
 店奥の、元々は碁の客を迎えるための座敷「黒白の間」で語り手の話を聞くのは、主人伊兵衛の姪、おちか。
 ここでの語りは、よく言われる百物語とは違って、聞き手も語り手もひとり。語られる話もひとつ。
 そして、語って語り捨て、聞いて聞き捨ての決まり。他所へ漏れることは決してない。

 集まってくる話は、どれも不思議でちょっと、いや、かなり怖い話ばかり。
 そして、その不思議さも怖さも種類がある。
 ぞっとするもの、切なくなるもの、哀しくなるもの、腹が立つもの、愛おしくなるもの、ものすごく後味の悪い救いのないもの。

 物語には物の怪や、亡者生者の怨念、ツクモ神、などが登場する。
 人ならざる存在に心乱され、人々は自分でも知らなかった自身の心の奥底に眠る欲望や恨み、怒り、哀しみ、暗い感情に気づかされ、自分を抑えることが出来ないままに悲劇へと導かれていく。
 そしてその思いは、更に積み重なり凝り固まって、人を惑わし苦しめるまた新たな怪異な存在となる。

でも、結局のところ1番怖いのは人間だ、という、よくある話では終わらない。
 人は皆、心底では幸せになりたいと願っているのだ。自分から破滅に向かう者はいない。

 でも、そういう人智を超えたところに、怪異は現れる。そして、たまたま出会ってしまった人間を悲劇に引き込む。
 それは逃れようのない天災に似ている。
 

 実は、この聞き手であるおちかにも、自分で避けようがなかった悲惨な事件に巻き込まれた体験があった。
 そのことで自分を責め、幸せになることに臆病になってしまった姪に、この世には人の力ではどうにもならない理不尽があるということ、それはそれとして、人は生きていかなければならないことを考えて欲しいとの主人の願いが、三島屋変調百物語の始まりのきっかけだったのだ。
 このおちかの成長もこの物語の大事なポイントである。

 5巻で第1部が終わり、さまざまな経緯を経て、黒白の間の聞き手は交代することになる。それが第2部の始まりらしい。
 文庫になったら、すぐに書店に走らなければ。
 
 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。

 このビビリの私が怖い物語を読むなんて、自分でもびっくりだ。
 まさにこれぞ宮部マジック、かもしれない。
 

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