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息をするように本を読む88〜深緑野分「ベルリンは晴れているか」〜

 最近、テレビを見る機会は少なくなったが、いくつかのお気に入りは録画しておいて時間のあるときに見るようにしている。
 ここしばらくのお気に入りはNHKのドキュメンタリー番組「映像の世紀 バタフライエフェクト」。昨年の4月から週1で放送されていて、全部ではないが、興味のある回はだいたい見ている。

 28年前、NHK創立70周年と2次大戦終結50周年にあたる1995年にNHKとアメリカABCの共同取材によって、日本はもとより世界中から20世紀の世界の歴史的記録映像を5年以上かけて収集、編集し、それぞれの時代を今(1995年当時)の視点から描く「映像の世紀」という番組が放映された。
 「バタフライエフェクト」はこのときのスタッフによって制作された新シリーズ。
 蝶の羽ばたきが思わぬ波紋を起こすように、ある出来事、ある人物の行動が分岐点になって歴史が動いていく経緯を解説する。

 先日、取り上げられていたのが、終戦直後のベルリンだった。
 タイトルは「ベルリン戦後ゼロ年」。
 1945年4月末日にヒトラーが自国民に対する、いや、全世界に対する責任を全て置き去りにして自殺した後、1週間も経たずにドイツは敗北し、無条件降伏をした。
 その瞬間、敗戦国ドイツには自主権はなくなり、連合国の、アメリカ、ソ連、イギリス、フランスの4カ国に分割統治されることになった。この間の政治的空白期間をこう呼ぶそうだ。
 国自体も4分割されたが、位置的にはソ連の管轄下だった首都ベルリンもその中でさらに4分割され、それぞれに検問が置かれて自由に往き来ができなくなった。物資や食糧が不足し、略奪や盗みが横行した。

 それだけではない。
 ナチスが自国内のみならずヨーロッパ各地で行った傲慢で非人道的な残虐行為は、そのまま何十倍にもなって、ドイツの国民に跳ね返ってきた。パリで、チェコで、ポーランドで、そして、ベルリンで。
 多くのドイツ国民が、戦時中にナチスやその支持者たちによる圧政に耐えてきた他民族、他国民から苛烈な報復を受けた。ときには目を覆いたくなるような。

 テレビ画面を見ていて、昨年末に読んだある本のことを思い出した。
 というか、まさにその本に描かれていた光景、そのままだった。
 
 
 その本は1年くらい前にfullhouseさんがnoteで紹介されていた。

 ずっと気になっていたのだが、それから半年ほどして書店で見かけ、思わず買ってしまった。すると、その数日後にバクゼンさんが記事をあげられていて。

 おふたりの作品への想いが伝わる熱のこもった記事だった。

 この作品「ベルリンは晴れているか」の主人公アウグステは、終戦ゼロ年のベルリンのアメリカ占領地区でたった1人で暮らす17歳の少女。

 腕に降伏を示す白い布を結び、勤務先のアメリカ軍慰安用兵員食堂と住居の焼け残ったボロボロのアパートとの間を毎日往復している。
 1943年頃から激しさを増し、やがては毎日のように続いた連合国の空襲で破壊尽くされたベルリンの街。
 彼女の通勤路には未だ瓦礫が積み上がり、その陰には放置されたままの死体が転がる。
 
 アウグステの両親はナチスの支持者ではなく共産主義者でずっと地下運動をしていた。
 父親は、そのことをある人物に密告され終戦の少し前にゲシュタポに連行されて処刑され、母親はアウグステを逃して自らは生命を絶つ。
 それでも、そんな事情は戦争の勝者たちの知るところではない。彼らにとっては、アウグステも憎むべき元敵のひとりだ。そして現在は、いくら虐めても迫害してもどこからも文句の出ない敗戦国民。ナチだと罵られ、蔑まれることも少なくない。

 物語はベルリン終戦ゼロ年の現在と、アウグステが生まれてからドイツが勝ち目のない(と今ならわかる)戦争に突入していくまでの過去が、交互に語られている。
 信じられないスピードで過激化していくナチスの政策。国民のほとんどは、それを疑問にも思わず、いや、思っていても口には出せない状態に追い込まれる。
 目の前の不条理や非人道に慣れ、自分で考え判断することを忘れていく。
 
 
 物語の最後にある人物が言う。

 俺たちはこれからどうなって、どこへ行くんだろう。
 この国は、ずいぶん前から、沈没しかけの船だったんだ。
 今、船頭は舵取りを放棄して、物言わぬ死の国へ逃げてしまった。振り返れば死体が山積みになっている。
 そこへ乗り込んできたやつらは好き勝手に船を動かし始める。西へ行こう、いや、東だと舵を奪い合う。船には亀裂が入り始めているのが誰の目にもわかるのに。
 
 
 沈没しかけた船を豪華客船だと盲信して得意気に乗り回していたのは誰だ。
 ボロ船だと気づいても知らないふりをして目をつぶっていたのは誰だ。
 そして、今、そのボロ船にてんでに勝手に乗り込み、バラバラに引き裂こうとしているのは。
 
 船長や乗組員たちがいなくなった沈みかけの船で、首まで水に浸かりながら逃げることも許されないアウグステたちは、それでも、たくましく、という言葉を使うのがためらわれるほどに強く生きていく。
 それぞれに背中に大きな荷物、心に大きな傷を背負って。

 物語自体はミステリーの形を取っていて、ある謎を追いながらアウグステの現在と過去の中に散らばったいくつもの伏線が次々と回収されていき、最後に全部が繋がる。
 
 そこがもちろん読みどころだ。でも私は、物語の中のベルリン戦後ゼロ年、そしてそれに至るまでの、あまりにリアルで密度の濃い描写に圧倒されてしまった。
 これが、戦争の現実なのだ、と。

 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。

 ドイツが長い試練の年月を経て、再び統一されたのは1990年のこと。
 45年が過ぎて、やっとベルリンの長い戦後は終わった。
 多くのアウグステたちが夢見てそしてやっと取り戻した、美しく晴れたベルリンの青空を思う。

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