読み終わりは清々しい


深緑野分『ベルリンは晴れているか』読了。
読んでもう10日くらいたったが、なかなか記事に出来なかった。

舞台は敗戦直後のドイツ・ベルリン。
主人公アウグステは、米国占領地域で働く17歳の女性だ。
ある事件を機にソ連の占領軍とつながりを持ち、人を探す旅に出る。

あんまり読みたいと思えない設定だった。しかも(苦手な)サスペンスらしい。
でもなぜかずっと気になっていた。
書店に行くたびにその本を手に取り、4度目くらいでやっと買った。
そして読み始めたら止まらなかった。

まるで自分もアウグステと一緒に、廃墟の街をそこで今日一日を生き延びようとする人々にぶつかったり避けたりしながら、歩いて行くようだった。
旅の中で、過去と現在を行きつ戻りつしながら、アウグステは成長して行く。成長して行くというか、全て失った所から新しく生き直そうとしていく。その姿から目が離せなかった。

ナチスが台頭し政権を樹立し、やがて崩れ去って行く過程で、圧倒的な人種(血統)差別社会にあって自分の正義を守ろうと生きていた。
この本を読むと、差別されていたのはユダヤ人だけでなく、共産主義者や混血の人、障害者、とどのつまりはナチス政権側以外はみんなだったとわかる。
ひと目で身分がわかるバッジやシールが付けられて、一方的な侮蔑や虐待・虐殺が日常的になっていた。
そういう狂った社会、歪んだ日常のなかでアウグステが生きているさまが、緩みのない、飽きさせない文章で進行していく。

歴史的にどういう状況なのか俯瞰した説明箇所は少なく、ひたすら身近な描写を追っていくが、そこからじわじわと戦況や世の中の流れがわかって行くのがすごいと思う。

こんなに分厚い物語(523ページ)でも、中心となっているのはほんの3日間の出来事。それとアウグステの過去の物語が交互に展開する。
最後の3日目は「ポツダム宣言」のために主要国の要人がやってくる、というところだった。エピローグは半年後になり、このエピローグで大きな謎が解けていく。
もう一度、パラパラと読み直してみると、その構成とか伏線とか、また別の面白さがあって、ついまた読みふけっていたりする。

巻末の参考文献の分量がものすごい。これだけの情報、史実を取り込み、物語の中に混然一体にして、丹念に編み上げている。
戦時下の市民生活、迫害される人々、体制側にいる人々、その間で悩み自分を嫌悪しつつも大きな力の前に無力な人々。資料の中から、消された微かな声を拾い上げて、物語の舞台で生き返らせていく。
すごい創作のエネルギーだなぁと思う。
過酷な運命の中で、登場人物の一人一人が強く鮮やかに記憶に残る物語だった。

作家ってすごいな、すごいだけじゃ全然言い足りないけど、ほかに言葉が見つからない。
重たく暗くやりきれなく。でもどこからか、光と風が感じられる物語。書き切ろうとする執念のようなものが、淡々と、でも力強く伝わってきた。
最後に、アウグステに希望が訪れる。これがとても清々しかった。


たくさんのメディアに取り上げられて話題になった作品。
ほんと、お薦めします。



見出し画像はみんフォトからお借りしました。クリエイターさんが見つかりませんでしたが、ありがとうございました。


*10月11日追記
投稿時点で、国名を「ロシア」と書きましたが、物語の中では「ソ連」でした。
11日、訂正しました。



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