息をするように本を読む 15 〜高田郁「みをつくし料理帖」〜
私はラジオが好きだ。在宅しているときは、台所に置いたラジオがほぼ一日中ついたままである。
もう7、8年前にもなるだろうか、毎日聞いているある番組に1人の作家さんが出演された。
高田郁さんと言われる作家さんだった。
柔らかい口調とお声から優しいお人柄が察せられた。
それなのに、時代小説で女性(しかも関西人)が主人公、その上、料理がテーマでは絶対に売れませんよ、と編集者から言われたにもかかわらず(結局はベストセラーとなったのだけど)、どうしてもこの小説を書きたかったという強い思い、それに惹かれて書店で第1巻「みをつくし料理帖 八朔の雪」を購入して読んだ。
たちまち引き込まれてしまった。
最終的には全部で10巻になったのだが、その頃は4巻くらいまで出ていたかな、書店に走って残りの既刊分を全部買い、すぐに読了、後は新刊が出るのを待ちかねて購入、何年か前に無事に全巻を読み終えた。
主人公は澪という。
時代は江戸時代の、おそらくは後期。
澪は大阪の塗り師の娘だったが、ごく幼い頃、大阪を襲った大水害で家族を失い天涯孤独の身の上となる。
縁あって引き取られた料理屋で、その味覚の確かさと天賦の料理の才を認められ、料理屋の主人に料理を仕込まれるが、今度はその料理屋が大火事で焼け出されてしまった。
先に江戸に出ていた若旦那を頼って料理屋
の御寮さんと江戸へ出てきたところから話は始まる。
ここまでだけでも、澪の苦難に満ちた運命に溜息が出そうになるが、この後も澪の身の上には、これでもかと言わんばかりに次から次へと困難が降りかかってくる。
高田郁先生、優しいお声とお人柄なのに、自分の小説の大事なヒロインをよくもここまで大変な目にあわせられるものだと感心してしまう。
でも、澪は負けない。
なぜなら澪は『雲外蒼天』だから。
水害にあう前、迷い込んだ遊郭で高名な易者に、澪は『雲外蒼天』の相だと言われる。
「かわいそうだが、お前の人生には苦労が絶えないだろう。これから先、艱難辛苦が降り注ぐ。でもその苦労に耐えて精進を重ねれば、必ずや垂れ込めた雲を抜けたところにある真っ青な空を望むことが出来る」
易者も10歳かそこらの少女にとんでもないことを言うものだと思うが、その見立てどおり、澪は次々に降り掛かる困難に悩み、苦しみながらも、自分の信じるたったひとつの道をただ邁進する。
その先にある蒼天を信じて。
そして、澪の人柄とその料理の味に魅せられたたくさんの人たちが澪を支えてくれるのだ。
高田郁先生は江戸時代の風俗について、とても丁寧に調べておられて(執筆中は国会図書館に通い詰めのこともあるらしい)、江戸時代の庶民の暮らし、季節折々の行事ごと、上方と江戸の違いなどが事細かに書かれていて大変に興味深い。
更に小説の中に出てくる料理たちの美味しそうなこと。
この時代に本当に存在して食べられていた食材や料理がたくさん出てくるが、高田先生は、そこにも大変にこだわっておられて、澪が考案する料理については、全てご自分で実際に作ってみたという。(別冊で澪の料理帖も出ている)
物語の中で澪はよく月を見上げる。
満月のこともあるが、ときおり出てくる
「優しいかたちの月」という言葉が美しい。
おそらく、満月少し前とか逆に満月を過ぎた月のことだと思う。
澪が御守りとして持っているはまぐりの片貝の形に似ているのだ。
夜空に高く輝く、優しいかたちの月を見るとき、澪のようにしゃんと背筋を伸ばして真っ直ぐに生きていきたいと願わずにはいられない。
現在、高田先生は「あきない世傳 金と銀」という、これも女性が主人公の小説を書いておられて、もうすぐ新刊が出る。
新刊が出ると、先に述べたラジオ番組に必ず出演されるのでそれを楽しみにしている。
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
あの日ラジオでの高田郁先生との出会いに深く感謝する。
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