命日反応:大切な人の死を受け入れるまで
2024年になりましたね。
今年もよろしくお願いします。
1月3日は私の大切な存在である叔父の命日。
体育会系な家系の中で唯一音楽の話ができ、私と同じように外国語が得意で、料理が好きで、私にとって父親のような、分かり合える友達のような存在だった。
うちでは親戚で集まるとよく聞かれたのは「部活は何してるの?」
そこで私が「何もしてない」と言うと「あ、そうなの」と、そこで会話が終わるようなことはよくあった。
他の兄弟やいとこはスポーツで全国大会に行く子もいたし、何故か分からないがスポーツを応援するのがやたら好きな大人ばかりで子どもの頃はそれが嫌だった。
私は私でちゃんと得意なこともあって努力してそれなりに結果も出してたし、そのうえ高校生の頃から親にお願いして仕事をもらい自分の携帯代や遊ぶお金、服を買うお金は自分で稼いでいた。
勉強もして経済的にも自立してる方だったのに誰も私の頑張りを見てくれてない気がしていた。
私が独学で英語やフランス語を熱心に勉強してどんどん資格を取ったり、全国の高校生の中からたった30名しか選ばれない、内閣府が主催する英語のサマーキャンプに参加できたことを一番誇りに思ってくれたのは叔父だった気がする(当然、両親もそうだったと思うが)。
葬式の時に叔父の友達が言ってた言葉が今も忘れられない。
「うちの姪っ子はすごいんだよ!って、あいつは甥っ子姪っ子の中でもAKANEの話しかしなかったよ」って。
私が叔父のことを父親のように感じていたように、叔父は私のことを娘のように感じていたのかな。それなら嬉しい。
前置きが長くなってしまったが「命日反応」という言葉は主治医が教えてくれた。
大切な人の命日が近づくとその人との思い出を思い出したり亡くなった当時のことを思い出して気分が落ち込んだり何日も泣いたりと、一種のPTSDのようなものらしい。
9月は母の命日もあるので、私は年に2回命日反応から逃れられない時期が来る。
2人とももう亡くなって10年ほど経つが、命日は必ず仕事は休みにしていた。
ソワソワして頭の中はその人のことでいっぱいで悲しくてとても仕事ができる状態ではなくなるからだ。
私の場合は命日の1日前くらいから、命日の後少なくとも1週間は続くことが多い。
主治医曰く、命日反応は治るまで待つしかないと。
そして「命日反応が来なくなるのはいつですか?」と聞くと、
「その人がたくさんいるご先祖様のうちの1人だと思えるようになったら完全になくなると思います」と。
遠い…
遠いな…
生きてる間にそんな日来るわけねぇよ…(心の声)
しばらくは何年も毎年こうやって命日反応と向き合うのだろう。
新年早々暗い話題だが、大切な人の命日が1月3日なので許して欲しい。
ここから徐々に前向きに上向きに進めることを願う。
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