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映画『SECRET NAME』ネタバレ感想/生きるための選択と偽れないもの

2021年制作(フランス)
原題:La place d'une autre
監督:オーレリア・ジョージズ
キャスト:リナ・クードリ、サビーヌ・アゼマ、モード・ワイラー
あいち国際女性映画祭2022上映作品

「私が洗濯女の娘であっても、愛してくれますか?」

洗濯女の娘として生まれ、父親が誰かも知らないネリー。彼女が今までの人生で得た教訓は、“救いの手に噛みつかない”ことであった。冒頭、雇い主にセクハラを受け拒否するも、その姿を見た妻が激怒、使用人をクビになる。

路上で体を売っている女に、「戻ってきたのか」と聞かれ、「違う」と否定するも、声をかけてきた男性相手に体を売る。生活のためなら突っぱねるよりマシだと思ったのだろうか。

頼る人もいないネリーの生活にとって、仕事の有無は死活問題であるが、雇う側にとってはそんな彼女らの人生には微塵も興味がなく、とるに足らない存在としか思っていない。

働き口がなく、路上生活をしていたネリーに声をかけたのは赤十字で働く女性らであった。身分の差もなく、同志と呼び合う自立した彼女たちに感化される。時は第一次世界大戦下。ネリーは看護婦として従軍する。

ある時、旅行中にドイツ兵と遭遇し、同行していた男性が殺され、一人彷徨う女性と出会う。ローズと名乗った女性は、父を亡くし、父の知り合いの元で朗読係としてお世話になる予定だという。身分は全く違うが、身寄りのいない者同士のネリーとローズ。この出会いが2人の運命を大きく変えていくことになる。

怪我をした兵士らと共に休んでいた家が突如攻撃され、ローズは頭を打って倒れてしまう。脈を測り亡くなっていると思ったネリーは咄嗟に着ている服を交換し、彼女に成りすます。決して許される行為ではないが、いつまで戦争が続くか分からず、身の安全もないなか、ネリーにとってその選択は生きる道であった。

ネリーは、自分の名前を捨て、別人として生きること決意する。ローズに成りすまし、朗読係としてレンウィル夫人に気に入られ、順調かのように見えた矢先、亡くなったと思ったローズの出現で、ネリーは窮地に立たされる。ネリーを信じて疑わないレンウィル夫人だが、その甥の牧師はきちんと調べた上で判断したいという。

レンウィル夫人の信頼は、あくまでローズがきちんとした出自の娘であるという前提があるから。もし、卑しい身分であれば、はなから相手にされない。裕福な人々による手の平返しを散々受けてきたネリーは周りを騙し、偽って生きても、何より自分自身を偽ることは出来ないことに気づく。ネリーは、持って生まれた名前、母親の姓で生きていくことを決意する。

一方、自分の人生を奪われた本当のローズからすれば、彼女は何も悪いことをしていない。しかし、自分を証明することができないローズは、まともに話を聞いてもらえず、いわれのない罪を問われ、果てには精神病院に追いやられてしまう。

いってみれば、身分が高かろうが、低かろうが何も変わらない同じ人間なのである。些細なことでその地位は崩れ去る。人々の態度の違いは恐ろしいほど。元々人々の怖さを目の当たりにして生きてきたネリーと、生まれながらにして恵まれている、選択肢のある人間だったローズとは、知恵の使い方が違う。

ネリーは、襲われて傷を負ったという事実を無理やり作り上げ、それを信じ込んだレンウィル夫人によってローズは言われのない罪で精神病棟に送られてしまう。必死に無実を訴え手紙を書いてもその手紙は誰にも読まれることなく捨てられてしまう。

当時、精神病院に送られた人々は、まともな人間として扱われてこなかったのだろう。都合良く精神病院に送られ、そこから出ることが出来なかった女性たち。彼女らの必死の抵抗と、聞き入れてもらいない訴えは、様々な映画に描かれている。

たとえば、『ローズの秘密の頁』は、恋愛のもつれから、牧師の虚偽の報告により精神病院に入れられてしまったローズの秘められた決死の抵抗と、数奇な運命を描く。終盤はやや強引な展開ではあるが、前半の精神病院に入れられてしまうまでの女性の立場の弱さ、平気で職権濫用する男性らのエゴスティックさがよく描けている。

モラル・オーダー』も理不尽な男女格差を浮き彫りにした映画であり、男性の都合で精神病院に監禁されてしまう妻が出てくる。夫や息子に相手にされず、存在を無視され続けている妻。

女のヒステリーは精神病扱い、劇で皮肉れば、それすらも奪われてしまう。声を上げることも奪われ、狂人の家系だの何だの言われて都合よく精神病院に監禁されてしまう。抗い続ける妻の前に立ちはだかる理不尽な男女格差。強い憤りを感じさせる映画であった。

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