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映画『ガザの美容室』ネタバレ感想/私たちの日常が彼女たちの非日常

2015年制作(パレスチナ、フランス、カタール)
英題:Degrade
監督、脚本:タルザン・ナサール、アラブ・ナサール
キャスト:ヒアム・アッバス、マイサ・アブドゥ・エルハディ、マナル・アワド、ダイナ・シバー、ミルナ・サカラ、ビクトリア・バリツカ、レーム・タルハミ、フダ・イマム、ラネム・アル・ダオウド、サミラ・アル・アシーラ、ラヤ・アル・カハテブ、ウェダッド・アル・ナサル、ネリー・アボウ・シャラフ、タルザン・ナサール
配給:アップリンク

連日、ガザ地区について報道されている。ガザ地区は、以前からイスラエル軍に包囲され、数年おきにイスラエル軍から攻撃を受けていた。世界にいる難民の5人に1人がパレスチナ難民と言われるほど深刻な問題となっていた。

そんながガザ地区を実質支配しているのがハマスである。イスラム原理主義の武装集団である。映画『ガザの美容室』の劇中で、「敬虔な信者だからってハマスを支持しているわけではない」というセリフがある。

今回のハマスの攻撃以前から国境は封鎖され、住民には逃げ場がなく、ハマスの支配下で息を潜めるしかない。そのような現状が描かれているのが、『ガザの美容室』である。

ロシアからの移民であるクリスティンが経営する美容室。そこには、離婚調停中のエフィティカールや、戦争で負傷した兵士を夫に持つサフィア、敬虔なムスリムであるゼイナブ、結婚式を控えたサルマ、臨月の妊婦ファティマ…と様々な事情を抱えた女性が集う。

サフィアは、戦争で負傷した夫から得た薬を常用する中毒者であり、近くに座るゼイナブに薬の話をしたり、ここにいるのは女だけなのだからヒジャブを取ればなど常に話しかけている。あちこちで話されている会話はどれも一見すると“普通の他愛もない話”だ。しかし、そのような話ができるのは、“ここには女しかいない”からなのである。

ハマスの批判もお洒落の話も、脱毛の話も、本来は“してはいけない話”でそのような話をすることが、死に値することにもなり得る。だからこそ何気ない話をすること自体が彼女たちのささやかな抵抗なのである。私たちの日常は彼女たちにとっては非日常なのである。

窓にはカーテンがつけられ、クリスティンは娘に窓側に近寄ってはいけないと言う。カーテンの隙間から覗き見る。クリスティンのアシスタント・ウィダトは恋人でマフィアの一味のアハマドと別れたくても別れられないでいる。アハマドも彼女にしつこく付き纏い、なぜかライオンを連れて美容室の前に居座ったりする。

何気ない会話をしながらも彼女たちの背後には男性の抑圧、社会の抑圧が感じ取れる。女性が自立して生きることが難しい社会であるが故に抑圧に耐えなければならない。また、外の世界では銃弾の音が鳴り響き、突如停電になったりする。予備の電池はあっても燃料がなかったり。違法ルートで大量に買っている人もいるが、多くの人は配給されるまで待たないといけない。私たちにとっては非日常と思えるような戦火の最中での生活が彼女たちの日常なのだ。

監督を務めたのは、双子の兄弟であるタルザン&アラブ・ナサール。1988年生、ガザで生まれた。短編を製作、本作が初長編作となる。このような閉ざされた空間で、戦地の状況を描かずに外の状況を観客に想像させる手法は、『シリアにて』も非常に似通っている。

『シリアにて』はシリアの首都ダマスカスで、アパートをシェルター代わりにして身を寄せ合う家族とその隣人をとらえた密室劇であり、パレスチナのガザ地区を舞台にした『ガザの美容室』とは、舞台の地域が違うが、紛争下で生きている人々を描く点でテーマ性には共通するものがあるだろう。

しかし、『シリアにて』は、もっとドラマの起伏があり、スリラーになっているが、本作はあくまで日常を生きている女性の姿にスポットを当てられているように思う。ドキュメンタリーに近いフィクションで描きたかったこと、そこに込められたメッセージ性を考えると昨今のニュースが本当にやるせない。

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