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映画『焦燥の夏』ネタバレ感想/出ていくきっかけが欲しかった

2021年制作(ドイツ)
原題:Niemand ist bei den Kalbern
監督:サブリナ・サラビ
キャスト:サスキア・ローゼンタール、リック・オーコン、ゴーデハート・ギーズ
ドイツ映画祭HORIZONTE 2023上映作

長い付き合いになる恋人・ヤンの家に居候し、ただうだうだと飲んでごろごろしているだけのクリスティン。やたら服を着替えるが、それもいくら夏とはいえ露出の多いものばかり。

一見すると居候の身でありながら、うだうだと何もしないどころか、憂さ晴らしで浮気をしている、本人に問題のある人に見えなくもない。しかし、その奥にあるここから出ていくことを諦めきれないでいる、ささやかな抵抗があるように思う。

恋人のヤンに求められても拒否するのに、ハンブルクから来た風力発電の業者の男とは性行為をする。しかも、男は乱暴で自分本位な行為でしかない上に、妻子のある身である。

クリスティンがヤンとしたくないのは、長年付き合って愛情が薄れている、倦怠期などの理由もあるだろうが、一番の理由は子供を作りたくないのではないだろうか。子供を作りいよいよこの村で生きていかなくてはいけない現実を受け入れるわけにはいかないのだ。

クリスティンだけでなく、ヤンの方も愛は冷めているのではないか…と思うが、別れるという決定打を打てずにいるのかもしれない。家業の酪農一筋のヤンは、今更新しい恋人を作るよりはこのまま子供を育て家庭を続ける方が楽なのかもしれない。(そもそも村に若い女性もそう多くないのでは)

しかし、クリスティンは村を出て、違う人生を生きる希望を捨てきれていない。この村を出ていくきっかけを常に探しているような節がある。それなのに諦めと閉塞感も同時にあり、鬱憤を晴らすかのような言動をしてしまう。

自分の車もあるのだから出て行けばいいと思うかもしれないが、自分はいつか村を出て都市に行くのだと無邪気に信じていた頃はとうに過ぎたクリスティンは、ガムシャラに飛び出して行けるほど希望を感じてもいないし、無邪気でもない。

また、アルコール依存症の父親に対する義務感がどれほどあるのかはわからないが、父が酒浸りになった原因の一つは母親が出ていったことにあるのだろう。クリスティンは、母親を待っているのかもしれないし、自分を捨てて出ていった母親のせいで希望が打ち砕かれたのかもしれない。

このまま村にいたらどうなるか、その未来予想図は村にいる大人たちを見れば一目瞭然だ。クリスティンは出て行きたくて仕方ないのに出て行けず、出ていくきっかけを誰かが与えてくれるのを待っている。

そんなクリスティンが出会ったのはハンブルクから風力発電の整備にやってきているクラウスであった。ヤンの車が故障し家に帰れなくなったクリスティンはクラウスの車に乗り込み、送って欲しいという。

本当はそのままどこかに連れていって欲しいと願っていたのかもしれない。次に会ったときにクラウスの財布をみて、妻子の写真を見つけたクリスティンは一瞬潤んだような瞳をみせる。

ヤンの両親からもよく思われていないクリスティンにとってヤンの実家は決して居心地の良い場所ではないが、酒浸りの父親と過ごすよりかはマシ。それだけの理由で居候しているのだろう。クラウスはクリスティンに夢はなんだとたずねる。

クリスティンは都会で暮らすことだというが、それはハンブルクに住むクラウスにとっては「そんなことが夢?」と思うような夢なのである。自分たちは無敵だと信じて疑わなかった無邪気なあの頃の夢。それ以降はマシな選択肢を選んでただ生きている。

浮気がバレたのか、同級生の告げ口を聞いたヤンはクリスティーンを容赦なく殴りつける。男が強く、女はその支配下でしかない。そんなクリスティンも結局男を頼って都会に行こうとするのが何とも皮肉なことだが、学も金もない自分は男に頼らないと生活できないと身にしみているのだろうか。

ヤンに殴られやっと出ていく決意をしたクリスティンは、自分に好意的だった同級生の元に向かう。しかし、運悪く同級生は警察に連行されているところであった。引き返そうとしたクリスティンであったが、方向転換しどこかに向かっていく。

運転するクリスティンの横顔をただ映し続けエンディングも向かえる。とうとうクリスティンは自分の力で出ていく覚悟を決めたのだろうか。そうだと思いたい。

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