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集めて、知って、手放して


集めて、知って、手放して

子供の幸せの器は
サンタクロースのたくさんのプレゼントが入った袋の様に無限大で大きいはず

それはきっと子供の時に純粋な心で自分を満たすべき物を集めておく必要があるからなのかも


『集める時期』
袋の中に喜びをたくさん詰め込んで
 

そこから始めて、見つけて行く

袋はだんだんスマートになって
本当に大切なものが残って行く



幸せの形は2つある

それは、その時だけ自分を満たすものと
継続的に自分を満たす心のうちに潜んでいるもの

甘いクッキーを食べれば、その時は幸せに満たされる
それは、その時だけの儚い限定の幸福


よく聞く言葉
ー手放せば、入ってくるー

それがどうしてか上手くいかない理由が分かった気がした

人生で必要な物を集める時に、2つのうちどちらの幸せを集めているのか?ただそれだけなのだと


だから、何をしても満たされないと心の隙間風に栄養を与えるように
間違った水を注いで入れれば、水はすぐに乾いてしまう



でも、もし自分の中に本当の幸せが見えてきているのなら
きっと人生はその次の課題を与えてくる

ーその幸せは、どんなものよりも大切かい?
ーどれくらい大切なんだい?
ー君にとってのその幸福がどれほどのものかをしかと見届けてやろうじゃないか
と語りかけてくるのだ

きっと、色々な事が起こるはず
良いも悪いも、それはもう色々と

こうして、人生は問いかけるように教えてくれている
だから選ぶ必要なんてないのだと思う
少しづつ、課題をこなして行けば知っていけることだから


そうして教えてもらった大切なこと

手のひらの中に、『これだけあれば』と言うものが残れば
後は、片付けをするように手放して行く
大切なものを上手に守って行けるように、雑草に埋もれてしまわないように



人生を立て直そうとそう決めた時に、私はこの大きなサイクルを経験した
いや、正しくはいついだって経験している途中なのかもしれない

私は今確かに手放すサイクルに入ったのだとハッと気づいたのは
『どうやら、自分は幸福の定義を間違えていたのだ』と知ったからだった

家のあちらこちらに散らばった物たちが
ただの寂しさの残骸や心の隙間風を埋めるための残骸にしか見えなくなって来て

言うならば、間違った水差しで水を与え続けてきていたことに気づいたのだ


そうして『いるもの』だけに囲まれた暮らしへのシフトを始めてみた所でこんなエッセイを書いている

毎日、少しづつ捨てて少しづつ片付ける

些細なことの繰り返し
それでも日を追うごとに、小さな快適さが積み重なって行く


今となっては全ての出来事が

ー集めて、知って、手放してー

こんなサイクルで出来ているような気がしている


季節の流れ
人生の流れ

そして、家の中
人間関係に心の中


『あるもの』を知るための道標

広い雑多な広場を飛び出して
道は細く、それでいて一本道になって行く

流れに逆らわずに、ただただ人生が教えてくれる声に耳をすまして
そうすれば、何かを決める必要もない

少しづつ知って行くことだから

ー集めて、知って、手放してー



自分に必要なものは、子供の頃に純粋な心で集めた物の中にきっと入っている

人生は、思い出し帰って行くものなのだと思うから



akaiki×shiroimi

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