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【エッセイ】あるがままの意味を知った日のこと

池の辺りに座り込んで、じっと水の中を眺めて

「自分、今すごく一体になっていて良い感じ」

じーっと
じーっと動かずに

鼻の下を伸ばして覗き込む

カジカの稚魚たちが、私の目の前で自由な生き様を見せてくれている

「今、膝の下まで来てる!」

ウキウキしながら、小さな興奮をそっとしまい込んでも
口角ばかりは上がってしまうから
少し、あたりチラチラと見回してから目線を戻す

まるで、水中の岩の様に

まるで、水中の水草の様に

カジカの生活の一部に

なりすました振りをして

自然の一部になりすました振りをして


『ああ…私は今いい感じ…』
と少しまた自惚れて水面に齧り付く

次から次へとカジカの稚魚の寄って来る数が増える度にワクワクも増えて
寄って来るカジカのサイズが大きくなる度にプロ意識が増して行く


これは、是非息子に見せなくては!と

2人並んでほのぼのと眺める姿なんかを想像して
少し良い親なんかになった気分にもなって

気持ち良くなっている所を
水を差す様に
どこからか、石がチャポンと飛んで来た

親子とは良くした物で
呼んでもないのにやって来る物

バタバタと騒がしく登場した息子に慌てて私は
しーっ!っと人差し指を立てると
静かに隣にしゃがんでと小声で指図をした

さぞかし喜んでくれるだろう
しめしめと、息子に小さな魚の姿を見せると

彼はあろう事に、カジカを手で捕まえようとする

九九を習得した、知恵のついた男児のする事じゃねえ!と私は驚き
とっさに止めに入るも
カジカユートピアは15センチ程のヒトデモドキニに襲われ
あっと言う間に泥汚れで汚染されていった


ああ…カジカユートピアが終わってしまった…

いつだって、育児はこんなんで期待通りには行かない
良く町で見る、良さげな親子の様にほのぼのなんてなった試しはないのだけれど
これで何度目か?
自分の素敵なドラマを期待しては
予想通りに行かない事に
少しおかしくて
少し誇らしくて
ほんの少しだけ肩を落として
恐ろしいほど不気味で無邪気な笑い声で
水の中を汚す息子を横目で見る

すると、息子の指にカジカが寄ってきた

ん…?

もう一度、指で水面を突くと
カジカは指の所までやって来て
指をつんと突いている

息子が汚した、泥のもやの向こうにはたくさんのカジカの稚魚が

どうやら、カジカは水面の揺れや水中の獲物の動きに反応してるよう

カジカユートピアはそんな事に負けないどころか
カジカ達にとってはこっちがユートピア(偽)だったなんて…


おかげで、こんなレアな写真が撮れてしまう

エゴと言う物はおかしな物で、自分を幸せさせた気にさせる

でもね、もしも
もっと素敵な事があるのだとしたら

そのままで、あるがままで

私たちは世界の一部なんだと
そうカジカユートピアと無邪気な息子が教えてくれた

素晴らしい学びを得て
いくら探しても見つからないであろう獲物の影だけを残し
私たちは、(多分カジカだと思う魚たちが暮らす)カジカユートピアを後にしたとさ


Illustrator  akaiki×shiroimi


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