襟莉しずく(えりしずく)

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襟莉しずく(えりしずく)

書きたい文を好きなだけ書いています Twitterも見て🤦‍♀️ https://twitter.com/eriri_sizuku?t=C6iK3Fefr35r_7U9SlkPsQ&s=09

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最近の記事

【短編】夏とリング

8月3日。 姉が電話をしてきたのは、8月3日の夜だった。 私たちは仲が良い姉妹だけれど、頻繁に連絡を取りあっているわけではない。 姉からの連絡は半年ぶりだ。そのときはメールだったから、声を聞くのは一年ぶりくらいだったと思う。 姉は息子である陽太を連れて実家に帰っているらしかった。 「みかも帰ってくるんでしょ? 悪いんだけど明後日と明明後日、陽太の面倒見てくんない?」 実家にはしばらく帰っていない。それを特段気にしていたわけではないのだが、先週の水曜日に親から留守電でしば

    • 【エッセイ】25の手紙

      春の足音は、ほかの季節のそれよりも大きく聞こえる。 そしてすべての生物がその音を聞いてざわめき浮き足だつ時頃に、私は生まれた。 誰かが言っていた「誕生日なんて気にしなくなるよ」という言葉は、 どうやら私にはまだ当てはまらない。 私にとって誕生日は未だ、カレンダーの中で金色の光を放つ特別な日だ。 盛大に祝ってほしいとか、一言でもおめでとうと言ってほしいとか、そういう願望だってもちろんある。 25回目だからと言って飽きたりしない。 私が初めて行ったディズニーランドも25周年だっ

      • 【ショートショート】生きることは、風にあおられた傘を拾うときににている

        改札を出て駅の看板をくぐったところで、前を歩いていたミユが声をあげた。 「ねえ、雨のにおいするよ」 つられて顔を上げる。 私の嗅覚は、春の花たちが撒き散らしたやっかいな置き土産に引きずられて、脳への信号伝達作業を放棄している。 「だから、わかんないんだって」 そう言ってミユを横から抜き越して歩く。 21時半をまわった田舎の駅前は思ったよりもシンと静まり返っていて暗い。 ところどころ黒ずんだ居酒屋の赤い立て看板や、蛍光灯で照らされた枠に筆文字で店名が書いてあるだけの昔ながらの

        • 【エッセイ】吐露(試し書き)

          会社に入って2年が経った。 初年度に連続で20日間勤務したこともあったし、24時間会社にいることも両手の指の数にちょうど収まりきらないほど経験したし、 家に帰ってからプレッシャーで一睡も出来ずにそのまま翌日出社したことも、何日間も無糖の炭酸水しか飲めなくなったときも、あった。 その時々でそれなりの荷重の労働をこなし、 少し前から以前と比べて責任が重いと感じる仕事も任せられるようになった。 同期よりも少しだけ頑張っている自覚と、実際に少しだけ違う仕事が手のひらの中にある。 現実

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        • 小説『死海(仮)』
          1本

        記事

          小説 『滅びる星の糸』 断片①

          8月も半ばを過ぎた頃、私は父に会った。新宿駅の東口から歩いて行ける喫茶店で待ち合わせて、父は遅れてやってきた。記憶よりもいくぶん体は小さくなっていたが、アイスコーヒーを店員に頼む口調は変わらない。機械的すぎず情緒豊かでもない、乾いた砂のような声が、近いうちに私に十代を想起させる最後の手札となる。 「久しぶり」 「ああ」 顔幅に合わない小さな金縁眼鏡の向こうの瞳は彷徨うこともなく、私の視線から逃れて何も置かれていないテーブルの木目に向かう。父は何もないテーブルにこそ正解が書いて

          小説 『滅びる星の糸』 断片①

          対話

          苦しさは畳みかけてくる性質を持っているらしい。 僕は、乾いた口からこぼれ出る言葉を留め置くことができないでいた。それを堰き止めるための力をもうとうに失っていたのだ。 「僕は、きっと貴方が好きなんだと思う。でも、貴方がきっと憎いんだと思う」 静けさが先ほどよりも強い力で、僕と彼の距離を広く深くしていく。手を伸ばそうとしても、もう届かない気がした。だって、彼はもう手を伸ばしてはくれないから。 「そうか。僕は、貴方が好きだけれどね」 「嘘だよ。僕の欲しい好きじゃないだろ、それは。そ

          【エッセイ】呪いの言葉

           人間には、魔法は使えない。超能力もないし、エスパーもない。 でも、人間は人間の動きを止める呪いを使うことができる。 『お前のやっていることは無意味だ』  全員は使っていないけど、全員が使うことができる。 呪いが使えることが分かって恐れる人もいれば、万能感に酔いしれる人もいる。呪いが使えることを知らないまま過ごす人は沢山いるけれど、全員が一度は使っている。 呪いを恐れる人も、一度は使ったことがあるのだ。  今日、久方ぶりにその呪いを受けた。 身体の中から細い蔓と太い蔓が

          【エッセイ】呪いの言葉

          【エッセイ】就職してわかったこと

           今年の4月に就職をした。  私は学生時代、「結婚は人生の墓場」ならぬ「就職は人生の墓場」だとして学生時代にしかできないことを細々とこなしてきた。コロナ禍に入り、海外旅行や集団での行動は選択肢から消えてしまったが、それでもやるべきことは多かったと思う。 思いつく限りのことは粗方片付けてしまって、3月頃には「もう学生はいいな、早く社会に出たいな」なんて思っていた。  いざ会社に入ると、それなりに忙しい日々が始まった。 私の仕事は業界全体にわたり生活時間が世間一般のそれとずれ

          【エッセイ】就職してわかったこと

          『親愛』

           貴方に手紙を書かなければならないような時代になってしまったことが本当に残念だよ 人はもっと簡単につながれるはずだったのに、この時代に生きているはずのぼくがこんな前時代の方法でしか貴方とつながれないなんて。もし貴方がこれに無関心であるならば、今すぐ考えを改めたほうがいい。その有り余る欲求は本来そういうことに向けるべきだ。 ぼくは、今日君に打ち明けなければいけないことがある。 そうでなければ筆を執ることなんてなかった、あたりまえだね。ひとつずつ説明するから、ちゃんと読んでほし

          小説『死海(仮)』断片②

           彼女と初めて会った日のことを、僕は今でも鮮明に覚えている。  心地よい冷気が徐々に鋭さを持ちはじめた、秋の終わりの日だった。僕は古いオフィスの埃っぽい会議室にいた。 役者・我妻健斗として18歳の時から活動を始めて、八年。昨年辺りからようやく名前が売れはじめて、今年の八月に名のある演出家が手掛ける舞台に出演した。それを機にテレビドラマやら雑誌やらの仕事が舞い込んでくるようになった。 その日は雑誌のインタビューを受ける予定で、数多くの俳優の中から選ばれるために身につけた“オー

          小説『死海(仮)』断片②

          いつもすぐそばに

          2020が終わる。 救いのような、絶望のような、そんな響きだ。 もしコロナウイルスが流行しなかったら。 もしいつも通りの1年だったら。 何回も想像して、何回も絶望した。 ただ、ただ、生きた。 生きることがこんなに大変だとは思わなかった。 目の前の線路を見ながら何度も飛び込もうと思ったし、 自分の心臓を包丁で突き刺す光景を何度も思い浮かべた。 死は、決して遠いところにはない。 死はいつも、私の、私たちの、 すぐそばにあった。 そんな中で皆は口を揃えて 「大切なものが分かっ

          小説『死海(仮)』断片

          薄暗い1Kの部屋に、乱れた呼吸の音だけが響いている。 「・・・ッハァ・・はぁぁ・・・ハッ・・・」 二、三歩後ろに下がって壁にもたれかかり、そのままズリズリと座り込む。呼吸を整えようとすると、耳元に懐かしい母の声が聞こえる。 「大丈夫。あなたが考えてることなんて、この海に比べたら小さなことよ。深刻に考えすぎるのはあなたの悪い癖。」 ケラケラと笑う母の横顔が、今は私のことをバカにしているように思える。私はブンブンと首を振ってその回想を吹き飛ばそうとした。でもそうやって考えていたこ

          小説『死海(仮)』断片