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生きた歴史を読む

前回記事では大阪メトロにまつわる物語に触れたが、今回は東京メトロである。門井慶喜の『地中の星』は、現在の東京メトロ銀座線が開業するまでの話だ。普段何も考えずに利用している電車であり、最初から「そこにある」存在であるがゆえ、それができるまでの過程なんて考えたこともなかった。表紙には見覚えのある銀座線の黄色い車両に人々が押しかけている様子が描かれており、パッと見特段の感慨は湧かないが、開通当時のポスターらしく、よく見ると和装に髷姿の女性もいたりして、今日も当たり前に走る地下鉄の背後にある歴史の存在を思い出させる。日本初の地下鉄である。当然そこには関わった人々の、文字通り泥臭い努力があったのである。

主人公の早川徳次は、「何かしら、この世で最初の仕事がしたい」という考えを持ち続け、人脈と交渉術を駆使して海外へ飛ぶと、地下鉄を目にし、東京に作ることを目指す。最初は繁華街に立って交通量を調べるところから始まり、現代では交通量調査では数取器が用いられるところ、黒白の豆をポケットの中で握り、往来する人や乗り物の数を数えた。ここに全ての始まりがあるというのがアツい。そして、資金を集め会社を作り認可を取り、建設へと向かう。開業も、最初は短い区間であるし、当時は市電もあるから交通機関の機能としては弱い。最初は単に乗ってみたいという人々が来るのみの「観覧電車」で、日常的に使用される交通としては定着しなかった。その後徐々に延伸していくことで、人々の日常の便利な移動手段になっていくのである。

この物語の珍しいところは、主人公が一人ではないところだ。地下鉄を作るには地面を掘って地下に空間を作り線路を敷き、人間がアクセスするための駅を作らなければならない。多くの工程が存在する。

まず杭打ち、掘削、そして覆工、コンクリート施工、電気工事。それを坪谷栄、奈良山勝治および西中常吉、木本胴八、松浦半助、与原吉太郎が担った。これらの現場は大倉土木が担い、現場総監督は着工当時まだ20代だった道賀竹五郎が務めた。そして彼らの下で無数の人足が汗を流した。様々な出自を持つ人間が集まり、それぞれにプライドや仕事へ強い想いを持って1つのものを作り上げていったのはすごい。暗い坑道の中に充満する泥臭さ、汗臭さが伝わってくるようだ。

早川徳次が新橋まで敷いた線路を今日の銀座線の通り渋谷まで繋いだのは五島慶太である。一つしか歳の違わない、長年の付き合いのこの二人は、それぞれに目指すものがはっきりある敏腕経営者であるがゆえ、時に関係を悪くしてしまう。根底に互いへの敬意があるのに関係性が崩れてしまったという事実は、地下鉄というプロジェクトがいかに大規模で困難なものだったかを象徴している。地下鉄が東京の山手線内の交通の要として活躍するようになり市電は廃止に至るという未来を知ったら、彼らは驚くだろうか、それとも当然のことと胸を張るだろうか。

作者の門井さんは蘊蓄作家と呼んで差し支えない存在だろう。史実を緻密に調べ上げ冷静に分析した上でその隙間に創作を濃密に詰め込んでいる。少々気障な感じもあるが、登場人物たちの熱い想いが滾るような筆致はぐんぐん読ませるものがある。史実だけでも情報量の多いものを読みやすく仕立てていてかつそこに大きな感情のうねりがあるのはどの作品にも言えて、だから面白い。特にこの作品に関しては、名の残らない人々の顔が鮮明に浮かぶように丹念に描かれていることで、小説として意味あるものになっていると思う。読み進むに従って線路が延びていくという単純な快感もあって面白かった。


現在の銀座線三越駅の柱のレリーフ


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