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【02】404PMC:銃社会日本探偵録 前編「死を思えぬ者たち:樺太捕虜収容所職員変死事件」02

前話

 国防陸軍樺太方面隊豊原基地が俺の目的地……ではないのだが、すぐ横にある施設が目的地なので、同じようなものだ。バスに乗って少し揺られ、豊原市郊外に出ると目的の施設がある。
 その施設に分かりやすい名前はない。その必要がないからだ。ネットで検索される必要もないし、親しく呼ばれる意味もない。だから人々はただ、豊原収容所と呼んだ。
 まさか絶滅戦争じゃあるまいし、殺し殺されが当たり前の戦争だからといって、すべての敵を殺すわけではない。おそらく国際法上においても、抵抗しなくなった敵兵を殺すのは問題がある。そういうわけで、至極一般的な流れをくんで、戦ったロシア軍の捕虜を収容するための施設というのが樺太にはいくつかある。豊原はその施設の中でもかなり内地寄りというか、日本の領土の内側に位置する施設なので、収容されているのは危険性が少なく、またあまり有益な情報を持たないロシア軍関係者ばかりだという。
 今の日本でおそらく、死刑囚を養うより税金の無駄と言われている捕虜収容所が、俺の目的地であった。
 バスを降り、基地を横目に見ながらしばらく歩く。基地は広いが、柵もあれば覗き見防止の植え込みもあるので中の様子はうかがえない。ただ時々、銃声が響いているから何らかの訓練をしているのだろうと推察できた。戦争は終わったというのにご苦労なことだ。まあ、軍人が銃撃つ訓練しないで何するんだという話だよな。あとやることがあるとすれば災害救助くらいか。樺太じゃ雪かきに軍人は動員されたりするんだろうか。
 そんなことを思いながら歩いていると、前から二人組の男たちがやってくる。手には物々しいアサルトライフルを持っており、ヘルメットや防弾チョッキ姿から軍人らしく見えてぎょっとした。別に悪さはしていないし、撃たれるような身分でもないが……。それでも銃を、しかも猟銃と違い明確に人を殺すためだけにデザインされた無機質なライフルを持っている男が二人もこっちに歩いてくると嫌な気分になる。
 樺太方面隊の人間だろうか。基地周辺の歩哨と言ったところ……なのかと思ったが、どうも少し様子が違う。軍人にしてはやや態度が弛緩している気がしたのだが、よくよく防弾チョッキを見てみると、そこには『PMC樺太警備局』のロゴが印刷されていた。
 今から行く捕虜収容所は軍ではなく地元PMCに委託運営されていると聞いている。ひょっとするとそこの警備兵なのかもしれない。
 通り過ぎるときに聞こえてきた男たちの会話は、俺のそんな想像を裏書きしてくれた。
「芦原のやつ、交代になっても来なかったぞ? どこで油売ってんだ?」
「聞いてないのか? 射撃練習場で空薬莢入ったバケツひっくり返して反省文書かされてんだよ」
「へえ。またやったのか。あいつ最近多いよな。ま、負傷退役した軍人の末路なんてあんなもんか」
「原稿用紙に鉛筆で書くんだぜ。あんなの小学生でも最近は書かねえよ。規則が軍より緩いって聞いてたからPMC入ったのにこれじゃあなあ」
「俺らは正規雇用だから関係ないだろ。非正規でしか雇われない方が悪い」
 ……なるほど、さっきニュースで何やら言っていたのはこれか。PMCが事務員だけでなく、戦闘員になりうるいわゆるコントラクターあるいはオペレーターと呼ばれる人たちも非正規で雇っているという話か。でも今更だよな。俺の元職場じゃそんなやついくらでもいたし。
 興味がない、わけでもないが今の俺はそこに気を回せるほど余裕があるわけじゃない。そもそも、他人に割ける余裕など生まれてこの方持ったことはないが。
 スマホを取り出す。画面を点灯させ、時間を確認すると14時13分。いい時間だな。
 もう少し歩くと、ようやく目的の捕虜収容所が見えてきた。コンクリート造りの物々しい建物だが、刑務所のような圧迫感は少ない。塀で囲まれているし、有刺鉄線も張っているのに不思議なものだ。中にいるのは囚人ではなく捕虜、しかも危険性は限りなく少ないとくれば全体的にどこか弛緩するのかもしれない。さっきの警備員たちもそんな様子だったし。
 とはいえ、さすがに収容所だけあり警備はそれなりにきっちりしている。入り口には二名の歩哨が立ち、やはりライフルを構えて警備に当たっている。門のすぐ近くにはこれみよがしに監視カメラもあった。この分だと屋内にもかなりの数がありそうだ。
「失礼。収容所に収監されている捕虜の身柄を引き取りに来ました」
 鞄から書類を取り出しながら、俺は歩哨に近づいて切り出す。
「お名前と所属をお願いします」
羽柴理三郎はしばりさぶろう、小規模型民間軍事企業、404PMC探偵社の所長代理です」
「確認します」
 歩哨が無線でやり取りをする。すぐに確認は取れたらしい。
「今門を開きます。進んだ先右側のゲートを通って、所持品検査を受けてください」
「分かりました」
 門が開かれる。言われた通りに進んで屋内に入ると、すぐに金属探知ゲートと、数人のスタッフが見えてくる。
「荷物はこちらに」
 差し出されたトレイの上に荷物を載せる。ポケットからスマホと、あと銃も。
「この銃は……」
 スタッフの一人が反応する。
「モーゼルC96。古い銃……というかピンカートンジャパン?」
「おっと」
 銃の側面に、会社のロゴが入っているので分かったらしい。
「聞いている所属と異なるようですが」
 スタッフの顔が険しくなる。
「前職がPJピンカートンジャパン社でして。その拳銃はピンカートン時代に手に入れたものを使っているので。ああ、このウィンドブレーカーも」
 さすがに社名が入っているものは使うのを控えるべきかとも思っているのだが、なかなかこの上着に近い使い勝手のものが見つからなくて、これも銃と一緒でずるずる使い続けてしまっている。
「前職がPJ社だと何かまずいことが?」
「いえ……かまいません」
「非正規職員だったので勘弁してくださいよ」
「かまいません」
 滅茶苦茶かまいそうな目で睨まれながら言われる。そりゃあな。PJ社は日本でも有数のPMCだ。そして樺太方面隊がこの捕虜収容所など一部業務を民間委託する際、PJ社と樺太警備局で仕事を取り合ったライバル企業だ。あまりいい印象は持ってないだろう。
「予備の弾丸は?」
「ありません。弾丸は銃に入っている十発だけです」
 銃を取り上げ、マガジンを取り出して確認させる。モーゼルC96とかいうこの銃を俺はよく知らない。銃など安全に携行できていざというとき弾が出れば何でもいい。ただ昔の相棒いわく、古い銃で本来はマガジンが着脱式ではないのだという。この銃は中国のメーカーが古い銃を復刻させたシリーズの一丁で、ところどころ今の時代に使いやすいよう改良されている。まあそれも、俺の知ったことではない。銃に関しては相棒に全部任せていたし、俺は立場上銃が必携ですらなかったし。
 金属ゲートをくぐる。ブザーが鳴るがベルトのバックルが反応しただけだった。それでもスタッフは執拗に金属探知機で俺の体を調べていた。ウルヴァリンじゃないんだから、そんなに金属探知機を当てられても反応はしない。
 と思いきや、ウィンドブレーカーのポケットで何か反応した。
「おい」
「ああ、忘れてた」
 俺は収めていたものを取り出す。革製のケースに金バッジのついた、警察手帳みたいなものだ。中には顔写真付きの身分証明証と、銃器の携帯許可証が入っている。
「PMCライセンス?」
「これで大丈夫ですね」
 荷物を受け取って、銃をホルスターに収めてゲートを後にする。スタッフは目で合図を送り、別のスタッフに俺を引き継がせた。
「それではご案内します」
「どうも」
 今度のスタッフは、あまり厳しい顔をしていない温厚そうな青年だった。
「身柄の引き渡しということですが、面識はないとのことでしたので一度面会をしていただきます。その上で向こうの意志を聞き、最終的な判断を下すことになります」
「面識は……まあないですね」
 実はないこともないのだが、それを言い出すと面倒そうだったのでやめにした。
「判断に時間はかかりますか?」
「いえ。形式上のものですので、今日中にでも引き渡しになります」
 前を行く青年はこちらを見て、柔らかく笑った。物腰のいい人物だ。こんなところで働くより、ホテルとかレストランとか、そういうところで接客業をしていた方が性に合っていそうではある。
 名前は名札から門倉だと判明した。
「実のところ、彼女の身元引受人が現れたことに我々は安堵しています」
 意外におしゃべりなのか、門倉はそんなことを言いながら歩く。ちらりと廊下の天井を見ると、監視カメラがいくつか目についた。あのタイプは……長時間録画が可能で画像も比較的鮮明だが、音が拾えない機種だ。あくまで監視しているという示威行為こそ本題だから、カメラの機種などどうでもいいのではあるが。
「この豊原収容所はロシア軍人の中でも比較的危険度の少なく、また情報量の少ない捕虜を収容しています。文官であったり、民間人ながら軍に協力していた人たちなどですね」
「情報量というのは?」
「機密情報にどれだけ触れられる立場にいたか、ということです。そういう人たちからは情報を引き出す必要があるので、しかるべき収容所に送られます。とはいえ、この収容所の人たちは打ち明けた話、明日に全員豊原に放り出しても軍事的には問題ない人たちばかりです」
 そんなことしたら軍事的以外のあらゆる問題が発生しそうだが、言わんとしていることは分かる。危険度が少ないとはそういうことだ。攻撃性が低く、攻撃能力自体も持ち合わせていない。戦争継続の意志も薄く、反乱を企てている様子もない。ただ安全な生活を望むだけの人たちだ。
「ロシアは東欧から連れ去った人たちを樺太の警備に動員しましたからね。この施設にいる捕虜の多くがそんな人たちですから、実のところ親族との連絡を取り合い、返還の目途が立っている人も多いのです」
 戦争の混乱の中、一年で帰れるならまだいい方か。日本としても、捕虜に税金であまり飯は食わせたくないことだし、返せるなら返すにしくはなしだ。
「とはいえ、彼女はやや例外でして」
 門倉がため息を吐く。その理由については、だいたい知っている。身元を引き受けるために、資料をもらっているし……。
 それに、そもそも彼女のことはあいつに――相棒に頼まれたのだ。だから知っている。
「ずいぶん収容所の内情を喋っているようですが、大丈夫なんですか?」
「かまいませんよ。私は非正規雇用ですし。そんな私が知ってる情報なんて大したものじゃないでしょう」
「それもそうですね」
 門倉は非正規雇用だけあり、あまり樺太警備局ひいては豊原収容所に対する忠誠心はないらしい。そんなもんなのは、俺もよく分かる。PJ社には長居したが、会社に対する連帯意識や帰属意識なんてついぞ持ち合わせなかったからな。
 相棒がいなかったらとっくに辞めて……はいなかったかもしれない。仕事がないと生きていけない。ただ転職を考えたかもしれないな。
「ここです」
 話しながら歩いていると、目的の場所に到着した。扉に『面会室3』と書かれている。
「個人識別番号1984、入るぞ」
 門倉はノックしながらそう言う。入るぞとは言ったが、先に入っているらしい彼女に入室の是非を決める権利はないようで、門倉はすぐに扉を開いた。
 面会室は、俗に刑事ドラマでよく見るような部屋を仕切ったつくりをしていない。どちらかと言えば、同じ刑事ドラマなら取調室の様相に近い。これは無論、この収容所で扱われている捕虜の危険度が低く、面会室をわざわざ仕切る必要性もないからである。
 面会室は机が中央にあり、その机を挟んで部屋の手前と奥……つまり扉側と反対側に椅子がひとつずつある簡素な配置をしている。それ以外は何もない。窓も監視カメラも。しいて言えば、扉の内側に掃除当番が掃除をしたことを記入するための紙を張り付けてあるくらい。それが目についてしまうほどには殺風景だった。
 そんな殺風景で寒々しい部屋の中に、彼女はいた。
 日の光に輝く樹氷のような銀髪が、さらさらと流れて肩にかかっている。前髪から覗く瞳は蜂蜜を蕩かしたような色をしている。肌はまだ踏み荒らされていない処女雪のような白さと滑らかさで、背筋を伸ばして凛と椅子に腰かけている。
 机を挟んで向こう側が異世界になりましたと言われれば、二秒くらい考えて首肯するような光景が広がっていた。椅子に座り、その少女――そう少女は机を挟んで向こう側からこちらを見ている。
 寒気がするほどの美しさ。
 冬の凍てつく寒さをそのまま少女の形にしたかのような姿。
 俺はその光景に思わず見惚れ……てはいなかった。
 だってねえ。
 言うまでもなく、身元を引き受けるにあたり顔写真付きの簡単な書類は貰っているので顔は知っている。しかもこれで美しいドレスでも着ていれば様になったかもしれないが、あいにく着ているのはオレンジ色のつなぎだ。風情もくそもない。
 そもそも正確にはこれが初対面というわけではない。向こうはたぶん覚えていないが俺は彼女を知っている。そして俺はまともな大人なので少女趣味ペドフィリアはない。ゆえに彼女を見る目はきわめて実務的だったと断言できる。美しいと思っているのは事実だが、それもなんというか、どこか機能的だと思った。
 機能的。
 冬の妖精のような彼女だが、俺がそう思ったのではない。一般的な解釈としてそう思われるだろうとは考えたが、俺は少し違うことを思った。
 どちらかと言えば、磨き上げられた銃の美しさに近い。
 戦争で酷使され泥と砂塵にまみれたAKが、職人ガンスミスの手で綺麗に整備されたかのような。そういう機能的――意味のある美しさだと思った。
 まあそれも、第一印象がそうであるというのではないのだろう。俺は彼女を知っているから、そう思うだけで。
 そしてさらに問題があった。
 問題。
 さきほど、机を隔てて向こう側が異世界になったかのようだと表現した。
 ならこちら側は? 机を挟んでこっちの世界はなんだというのだろうか。
 現実である。
 しかも鼻を曲げるほど醜悪な臭いの立ち込めた、現実だ。
 いや別に男二人がむさくるしいというのではない。そりゃ俺だってそろそろ加齢臭の気になる年頃ではあるが、そうじゃなく。
 彼女の美しさがどういう性質のものであれ、そんなものは二の次になってしまう、いや、しなければならない問題が彼女と俺たちの間に横たわっていた。
 比喩でもなんでもなく、実際に。
「な……」
 門倉が絶句する。
「これは、なんだ……」
 なんだって。
 それは……。
 死体である。
 死体。
 頭を撃ち抜かれ、血を流して机に突っ伏した死体が、椅子に腰かけていたのである。
 そして少女は、その死体を前に佇んでいた。
 まるで、何事もないかのように。

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