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短編過去作子供向け「おちゃの妖精」

とある田舎の町に住む少女マチルダは、その真冬の肌寒い日、一人でお留守番(るすばん)をしていました。窓の外では、雪がしんしんと降り積もり、木立こだちを覆(おお)い隠(かく)しています。一面(いちめん)の銀世界。

一緒に暮らしているお母さんとおばあちゃんはマチルダをおいて、この大雪の中どこかへ出かけてしまったのです。

「私を連れて行ってくれてもいいのに」

そう言うマチルダにお母さんは、今日は寒いし危ないから、と何度も諭(さと)すのでした。何をしにいくのかも教えてくれやしない。大好きなお母さんとおばあちゃんに多少の不信感が募(つの)ったのか、マチルダは一人でいじけてしまいました。

「そうだ、おばあちゃんが教えてくれたようにお茶をいれてみよう。甘いお菓子もあるわ」

ベッドで暇を持て余したマチルダは寂しさをはねのけるようにピョンと飛び起き、台所へ向かいました。まだ大きくない背丈のマチルダは、頑張って背伸びをして、戸棚の取っ手に手をかけました。

扉を開けると、沢山のお茶の缶が所せましと並んでいます。紅茶に、緑茶、それに珍しい不思議な名前のお茶もいくつかあります。マチルダの家は決して裕福(ゆうふく)な家庭ではありませんでしたが、お母さんとおばあちゃんはお茶が大好きで、何かと特別な日には世界の色々なお茶を買ってきて楽しむのです。

「こんなに沢山。きっと気がついた頃には古くなっちゃうわね」

マチルダの言うとおり、賞味期限が切れそうなお茶もいくつかありました。マチルダが悩んだあげく手に取ったのは、その地域ではなじみの少ない日本茶でした。珍しい缶のデザインで選びました。緑茶のいれ方もおばあちゃんから教わっていました。

「まずは急須(きゅうす)を用意しなきゃね」

そう、緑茶をいれるには急須という道具があると便利です。この家には、近くに住む日本人ご夫婦から頂いた立派な急須がありました。

マチルダは慎重(しんちょう)にポットでお湯を沸かし、少しだけ冷ましてから、適量(てきりょう)のお茶っ葉の入った急須にそうっとお湯を注ぎます。おばあちゃんの手つきを一生懸命思い出しながら真似してみます。

マチルダはお茶をいれるのに夢中になって、お留守番の寂しくて暗い気持ちも忘れていました。

「これでどうかしら」

しばらく蒸らした後、出来上がったお茶をティーカップに注ぎます。日本茶にぴったりの湯飲みはこの家にありませんでしたが、洋風なティーカップに綺麗(きれい)な薄緑色(うすみどりいろ)のお茶が輝きます。

マチルダはしばらくぼーっとその美しいお茶を見つめていました。すると、一本の茶柱(ちゃばしら)が浮いてきて、だんだんと色を変えました。

マチルダは驚いて危うくティーカップをひっくり返すところでした。茶柱の色が緑から青、青から紫、紫からピンク色、さらに赤色へと変化し、最後には雪のように白くなり、優しい光を放ち始めました。

「こんにちは。マチルダさん」
「何!?喋った」
「そりゃ驚くのも無理はないね。僕はお茶の妖精(ようせい)のフィアネだよ」
「妖精って・・・」

マチルダは驚きのあまり言葉を失いました。マチルダは子供なりに、こんな不思議な出来事が現実に起こるわけはないという知識は持っていましたから、自分の頭がおかしくなってしまったのではないかと不安になりました。

「なーに。不安になる必要はないさ。僕みたいなお茶の妖精はティアリーと呼ばれていて、世界中に沢山いるんだよ。滅多(めった)にこうやって人間の前に現われることはないけどね。君が丁寧(ていねい)にお茶を入れてくれたから、僕は姿を見せることができたんだ。」

よく見ると、茶柱を取り囲む光の中に、羽のある小さな小さな妖精の姿がうっすらと見えます。

「君に、色々な世界を見せてあげよう。ほら例えば、この日本茶が沢山作られている日本のある地域では、こんな景色が見られるよ。」

そう言って、フィアネは小さな光のスクリーンにある映像(えいぞう)を映し出しました。

「ええ、すごい。とってもよく晴れていて緑が綺麗。それに、私と同じくらいの年の男の子もいるわ。」
「そうだね、彼は夕陽(ゆうひ)という男の子だよ。とても真面目で優しい子なんだ」

日本の田舎(いなか)の風景(ふうけい)の映像には、ランドセルを背負った男の子が映っていました。学校帰りでしょうか。どうやらその男の子の家は大きな茶畑を所有(しょゆう)しているようです。

「夕陽くんのお家でとれたお茶が、あなたが宿(やど)っているこのお茶なの?」
「宿っているだなんて、君も鋭(するど)いことをいうね。そういうことさ。僕の故郷(ふるさと)だよ。でも僕の名前はなぜか日本風の名前ではないけどね」

マチルダは映像に見入っていました。フィアネとの不思議な時間は夢の中にいるような気分にさせてくれました。小さな妖精が見せてくれる知らない世界に見とれてお話を楽しんでいると、ガチャッと玄関のドアが開く音がしました。お母さんとおばあちゃんが帰ってきたようです。

再びティーカップの中に目を戻すと、そこにいたはずのフィアネは消えていました。

「なんだったんだろう」

マチルダは夢見心地(ゆめみごこち)のまま、冷めてしまったお茶を一口すすります。

「甘くないけど、おいしい。気がする」

甘い飲み物が好きなマチルダには、甘くないこのお茶がとても美味しいとは感じられませんでした。それでも、先ほどの映像を思い出すとなんだか深い味に感じられました。ハッと我に返り、マチルダは玄関の方へと、お母さんとおばあちゃんを出迎えにいきます。

「おかえりなさい」
「ただいま。マチルダ。待たせてしまってごめんね」
「ママたち遅いよ」

マチルダは拗(す)ねた表情で二人を見上げます。

「実はね、今日はあなたのお誕生日だから、プレゼントを買ってきたのよ」
「え!ほんとに?」

お母さんの言葉にマチルダの目が輝きます。マチルダがずっと欲しがっていたのは大好きな流行(はや)りのウサギのキャラクターのリュックサックでした。今にもそのリュックサックを貰(もら)えるのではないかと、この上なくワクワクしていました。

「マチルダ、お誕生日おめでとう」

そう言ってお母さんが差し出した箱にはピンク色のリボンが巻かれていました。開けてみると、なんとそこに入っていたのは、マチルダの欲しがっていたリュックサックではなく、一冊の小さな本でした。
マチルダはがっかりしてしまいます。

「ええ。私、こんなの欲しくないよ。ウサギちゃんのリュックサックが欲しかったの!それに、せめてお洋服かゲームが欲しかったわ」

マチルダは少しわがままですが、まっすぐな子です。二人がくれたプレゼントを前に、思ったことをつい口に出してしまいました。お母さんとおばあちゃんはちょっと困った顔をしています。

「そんなことを言われてもね、私たち一生懸命このプレゼントを選んだのよ」
「うん。でも私、本なんていらない」

そう言って、ムスっとしたマチルダは自分の部屋に閉じこもってしまいました。フン。ママたち私のこと何も分かってないんだわ。私は他の女の子たちが持っているような可愛くて素敵なものが欲しいのに、本なんて可愛くないじゃない。

その夜、マチルダは夢を見ました。あの妖精フィアネと一緒に空を飛んでいる夢でした。高い高い空の上から、街を見下ろします。晴れわたる青空をぐんぐん進み、海や山を越えて、見慣れない風景を旅します。

ヨーロッパのブドウ畑、煌(きら)びやかなアメリカの都会、南米の氷山。フィアネは、マチルダの見たことのない場所について、そこがどんなところか熱心に教えてくれました。それはとても楽しくて素敵なかけがえのない時間でした。

ふと夢の中のマチルダは気づきます。
フィアネの姿はとても小さく光が透けていて、今にも消えてしまいそうでした。

「フィアネ、いなくなっちゃうの?私、日本にも行ってみたいよ」

消えそうなフィアネの様子を心配していると、ふいに身体が落ちていくような感覚になり、マチルダはハッと目を覚まします。

「夢だったのね。ひょっとして昨日のことも全部夢だったのかしら」

まだ夜は明けておらず、家族は起きていません。マチルダはそっとベッドを抜け出し台所に向かいました。戸棚を開け、昨日飲んだ日本茶をもう一度取り出しました。今度も上手にいれるわよ。

マチルダは昨日と同じように丁寧に、順番通りにお茶をいれました。ティーカップに薄緑色の綺麗な液体が注がれ、眺めていると、また一本の茶柱が浮いてきました。今度もまた青、紫、ピンク、赤、と色を変えて最後に白く光り始めました。

「フィアネ、そこにいるのね?」

マチルダは問いかけます。すると、うっすらと小さなフィアネが現われました。

「妖精をみたのはやっぱり夢じゃなかったのね」
「ああ、またお茶をいれてくれたんだね。僕はここにいるよ」

「よかった。今日あなたが夢に出てきて、消えてしまいそうだったから心配したの」

「そうか。それはもしかすると君の暗い気持ちが影響したのかもしれないよ」
「暗い気持ち?」

「そう。なにかに君はがっかりしていたんじゃないか?」
「実は昨日ね、ママとおばあちゃんに誕生日プレゼントを貰ったの。でも、それが私の欲しいものじゃなくて、ただの本だったのよ」

「本か。でも、プレゼントを貰いたくても貰えない子供たちもいるんだよ。そう考えたら君は幸運じゃないかい?」
「そんなこといったらなんだって幸運こううんになっちゃうじゃない。私よりも素敵なプレゼントを貰っている子も沢山いるんだから、私は不幸なの!」

「いや、そもそも幸せとか不幸とか、実際は他の子と比べていいものじゃないかもしれないよな。僕が悪かったよ。でも、もう一度そのプレゼントが本当に君にとって嬉しくないものかどうか考えてみたらどうだい?」

「うん。分かった。昨日は私もがっかりしちゃって、貰った本をじっくりみることもできなかったの。だからちゃんと見てみる」

マチルダは、そう言ってお茶をすすりました。昨日よりもさらに味わい深く、美味しく感じました。その後、夜中にもかかわらず甘いお菓子をつまんだら眠くなってしまい、ベッドに入りました。

朝になって起きると、お母さんとおばあちゃんはリビングにいました。昨日のプレゼントはテーブルの上に置いてあります。マチルダは少しきまずそうに椅子に座り、プレゼントを開け始めました。

中に入っていた小さな本には、世界中の素敵(すてき)な街並(まちな)みや自然の写真がたくさん載っていました。

「すてき・・・」

思わずそうつぶやいていました。フィアネが見せてくれた景色に似た写真もありました。マチルダは、世界中を冒険してみたくなりました。

「どう?素敵な本でしょう?あなたが気に入ると思ったのよ」
「ママ、おばあちゃん。昨日はごめんなさい。私この本が好きになったわ。ありがとう!」

お母さんとおばあちゃんは、気にいってくれて良かったわねと顔を見合わせ、マチルダに優しく微笑(ほほえ)みかけます。

「そうだ。あのね、昨日お留守番をしてる時、私一人でお茶をいれたの。そしたらね、妖精が出てきたんだよ」
「マチルダ、何を言ってるの?私たちにも見せてくれるかしら」
「うん!もちろん」

そう言って、マチルダは台所の戸棚に向かい、お茶をいれる準備を始めました。丁寧に丁寧に、順番通りにお茶をいれます。マチルダはお母さんとおばあちゃんのいるテーブルの上に急須とティーカップを置きます。そして、ゆっくりとお茶を注ぎます。昨日と同じ綺麗な薄緑色のお茶です。すると、茶柱が出てきました。カラフルに色を変えた後、白く光ります。

「ほら、見て!光ってるでしょ」
「え?どこがかしら。茶柱は浮いているけど・・・」
「その茶柱に妖精さんがいるんだよ」

お母さんとおばあちゃんはそろって首をかしげます。お母さんは、マチルダがおかしいことを言っているのではないかと少し呆れています。しかし、マチルダには光る白い茶柱とフィアネの姿が見えているのでした。

どうやら、二人には妖精は見えないようです。ママもおばあちゃんも、私に見えているフィアネの姿が見えないのね。マチルダはフィアネに話しかけます。

「ねえ、あなたは私にしか見えないの?」
「そうだよ。お茶をいれてくれた本人にしか見えない。それに、純粋な心を持った子供にしか見えないんだ」
「そうなんだ・・・」

マチルダは少しだけ納得しました。お母さんとおばあちゃんは、マチルダがおかしな独り言を言うので、困った顔をしています。

「私たちには妖精は見えないけど、あなたには見えるのかしらね。さあ、せっかくいれてくれたお茶を飲みましょうか」
そそくさと、お母さんたちはティーカップをもう二つ持ってきてお茶をいれはじめました。

「日本茶なんて久しぶりね。私は砂糖をたっぷり入れた甘い紅茶が好きだけれど、この渋(しぶ)い緑色のお茶もたまに飲むといいわね」

「ママ、おばあちゃん。私ね、妖精さんに見せてもらったの」
「え、何を見せて貰ったの?」

お母さんは聞き返します。

「このお茶が作られている日本のお茶畑。そこにはね、私とおんなじくらいの年の男の子がいるんだよ」
「あら。そうなの?マチルダ、ひょっとしてその男の子が気になってるのね?」
「え?気になってるって何?別にそういうわけじゃないもん」

マチルダの顔がほんのりと赤らみます。

「でもママ、私いつか日本に行ってみたいわ。それと、日本だけじゃなくて世界中を旅してみたい」
「あら。いいわね。それがマチルダの夢なら応援するわ。お金は貯めなきゃいけないわね」
「うん!大きくなったらお金貯めるの!それで、まずは日本に行って、キラキラお日様に照らされたお茶畑にいくの」

ゆめ。マチルダは、その言葉の響(ひび)きを何度も頭の中で繰り返しました。夜寝るときにみる夢とは違う、現実でかなえたい夢。

それは、マチルダの好きなウサギのキャラクターのグッズを買ってもらうことよりも、なんだか輝いているように感じました。マチルダには急にとてつもなくワクワクとした気持ちがわき上がり、満面(まんめん)の笑みになって日本茶を一口すすります。

やっぱりおいしい。
このお茶と一緒に食べたら美味しい日本のお菓子はどんなのかしら。


おわり

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