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忍び寄る発酵食品【ショートショート】【#31】

「2回目やるから、今度は参加してね!」

私は、ラインに踊るそんな文字と、付け加えられた「よろしくね!」とウインクしたウサギのスタンプに渋い顔をせざる得なかった。面と向かって言われていたら、スマートな切り返しが出来た自信は全くなかった。

要するにちっとも行きたくないのだ。

元は、単なるハンドベルのサークル。
ママ友のコミュニティから派生したものなので、参加者は、みんな小さな子供の居るお母さん。子連れには理解があるし、ちょっとした息抜きとして楽しめる。情報交換の場としても優れているので、毎年入れ替わるように人が入る。

厄介な問題を持ち込んだのは、先月加入したばかりの吉田さんだった。曰く、「発酵食品に詳しい先生が知り合いにいる。今度、先生も招いて家でみんなで食事会をしよう」とのこと。「厄介だな」と感じたのは多分、私だけじゃなかったと思う。単に食事会でご飯を食べて終わりなら、馬の合う合わないはあっても数時間も我慢すれば終わる。小さい子供もいるのだから、バタバタしている間に終わりを迎えることも少なくない。

問題は「先生」だ。
それはまるで、羊の集まる食事会に入り込んだ一匹の狼だ。「今日使ったコレ。本当に良いものなのよ?皆様もおひとついかが?」とばかりに商売を始めたとしても、なんら不思議はない。それを生業としている人をあえて呼ぶのだから、そこに意図が無い方がおかしい。

警戒しすぎじゃないか、と言われそうだけれど、実際に1回目の開催の時には「おひとついかが?」な流れがあったらしい。参加者の話を横目でたどる限りでは、これは限りなく黒。かと言って他の人はハンドベル仲間でもあるわけで、無下に断れるほど薄いつながりとも言い切れない。

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積極的に関わりたい人はいい。

「この前のやつ、家で使ってみたらすっごく美味しく仕上がって家族で大満足でした!」みたいな、ダイレクトマーケティングもびっくりな文字をグループラインに踊らせている人に対しては、良いもの買えて良かったねと心から思う。
私自身が、そんなものには流されない自信があれば、けろっと参加して「そーなんですねーすごいですねー!」とでもお茶を濁しておけばいいと割り切れる。でも、違うのだ。私の性格からして、周りを固められて強気で来られたら、引きつった愛想笑いを浮かべながら、「じゃあひとつだけ……」なんてなるに決まっているのだ。それがわかっているからこそ行きたくないのだ。

脳裏に浮かんでいたのは、就職してしばらくした時に先輩から勧められた「補正下着」。ちっとも欲しく無かったけど、先輩に強くすすめられるし、みんなも買ってる。学生から急に社会人になって使えるお金が増え、気も大きくなっているのを狙い撃ちされているのだろう。ローンまで組んで買った(買わされた)補正下着は40万円。付けた当初は何となく効果あるのかも?と思ったけれど、今となっては単なる思い込みだなとわかる。せっかく払った高い勉強代なので、今後に生かしてやらないと、どこへも行きそこなった私の脂肪の供養してくれない。

1回目を回避出来たのは、たまたまと言ってもいい。実際に他の予定がそこに入ってしまったし、動かすことも出来なかった。他にも不参加を表明した人もいたし、それほど気をやむこともないまま不参加を勝ち取った。曖昧にして、なんとなく過ぎ去らないか?と願った矢先に「今度はあなたの都合を優先するわよ?」とばかりに、いつがいいの?とラインががなり立てる。

行きたくないか行きたいかでいえばもちろん行きたくない。それはわかっていても、バッサリ断る勇気もない。
すでに既読はつけてしまった。ケータイを握る手に、ジワリと汗が広がったのを感じた。


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「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)