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おとうさんは何になりたいの?【エッセイ】

「おとうさんは何になりたいの?」

そうやって上の子(5歳)に聞かれたとき、私は正直めんくらってしまった。だってそんなこと考えたことがなかったからだ。
もちろん子供のころはそういう『夢』みたいなものを考えたことはあった。でも結婚して、大人になって、子供もできて。守るものが増えるにつれて、ここ数年……いやここ数十年くらい、もはや『夢』や『未来』を思い描くことなどまったくなかった。

彼が何気なく発した質問は、今の私がそんな『宙ぶらりんの状態』であることに気がつかせたのだ。


◇◇◇◇◇


ことの発端は、上の子に聞いてみた何気ない質問だった。

「大人になったら何になりたいの?」

誰しも子供の時には、必ず一度は聞かれたことがあるだろう。まだまだ小さい君にはどれだけでも可能性がある。やりたいことがあったら突き詰める時間がある。もし好きなものがあるなら、それを大事にしてほしいし、私たちにできる範囲で後押しだってしてあげたい。そんないろんな思いを込められた質問だ。

そして彼の返事はここ半年くらい変わっていない。

「ドーナツ屋さんになりたい」

だそうだ。そんな回答を受けて、いい年をした大人としては色々な考えが頭をめぐる。今日日、ドーナツ屋さんになろうと思ったら、一体どういうルートが正解なのだろうか?

彼が知っている『ドーナツ屋さん』とはつまり「ミスタードーナツ」なのだけれど、まさかミスドでバイトから始めるのが正解ではあるまい。良くは知らないけれど、多分ミスドでバイトしたところで、おいしいドーナツを作れる職人にはなれないだろう。
素直に「ドーナツ屋さん」に弟子入りするのが一番わかりやすい気がする。でも、こんな田舎では「ドーナツ屋さん」と言われても、そんなニッチな専門店はミスド以外存在しない。田舎をなめてはいけない。

となると、順当に製菓の学校とかに行って、いきなり独立開業だろうか……? でもドーナツの専門店ってのがあまりないんだから、それほど利回りが良いわけじゃないんだろう。単価が低くて、採算取るの難しいんだろうな。きっといばらの道だ。困ったものだ。

とにかく横で大人が、「子供の夢を大切にしたい」とか立派なことを言っていても、5歳の子が考える将来の夢など、いくらでも変わるのは確かだから。まだまだ時間はあるし、ずっしり構えるとしようじゃないか。

それに私は知っている。
彼が、特別『ドーナツが好き』というわけではないことを。


◇◇◇◇◇


甘いから、決して嫌いではないのだけど、率先して食べるほど好きでもない。買ってきたドーナツは多すぎたわけでもないのに、ちょこんとお皿に残されていたりする。

何を隠そう、彼が主食にしているのはポテトでありプチトマトだ。それ以外の食べ物に関する優劣はあまりない。『食に興味ない星人』なのだ。

ちなみに去年の七夕の時に短冊には「仮面ライダージオウになりたい」と書いていた彼だけれど、仮面ライダーはこの前までやっていたゼロワンを含めても、1話もまともに見たことがない。
じゃあなぜ書いた……という話になってくるけれど、幼稚園の先生がどやこややって、あれこれなった結果のようだ。先生の心労をお察しする限りである。

そんなわけで彼の中の「ドーナツ屋さん」がどのくらいの比重なのかはいまだによくわからないままだ。


◇◇◇◇◇


そんな謎の彼だけど、自分の夢を聞かれた後に、さも当然のように私に切り返してきた。それが冒頭の質問。

「おとうさんは何になりたいの?」

そして、この質問にたじろいでしまった私は、考えることしばし。自分でおいしいイタ飯が作れて、食べれたらうれしいという理由で「パスタ屋さんになりたい」という答えをひねり出した。正直「パン屋」でもよかった。理由は自分でおいしいパンを作って、食べられるから。

どれも、単にそのとき思いついただけのいい加減な『夢』だった。


明確な願望がないのは、今の生活に満足している証拠なのかもしれない。

そうは思うけれど、未来に対する何らの期待も持っていないという状況に、自分自身が物悲しさを感じてしまったのも確かだった。いくつになっても『夢』を持っていることは、前向きに人生を楽しんでいくうえで大切なことだろう。

もし仮に『夢』ができたところで、君たちが小さい間は、なかなか時間だって満足にとれないだろう。若いころのように、すべてを投げうって夢を求めるような生き方もできないだろう。

でも、順当にいけば人生はまだ何十年も続く。

長い人生の中で、ゆっくりでいいから、叶えたいと思える『夢』。そんなものを心に持っておくことは悪いことじゃないはずだ。いい年をした大人でも、そんな夢見がちな生き方があってもいいんじゃないかな。

そんなことを、子供に教えられた気がした。




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