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優しさの代償【ショートショート】【#41】【くずエモ】

正直、誰でもよかった。

その時わき上がってしまった性欲を満たせるのなら、性別さえ問わないんじゃないかな。大抵、男で事足りるから試したことはないけれど。定期的に訪れるその感覚は、性欲というよりも単に「人恋しさ」なのかもしれない。

一番大事なのは後グサレがないこと。

とりあえず見ていたSNSから相手を選別する。あまり若すぎるのはイヤだし、明らかに地雷の男もイヤだ。既婚者はめんどくさい。揺れる頭が紡ぎだす選択は、我ながらまともなのかまともじゃないのかよく分からない。

「よし、この男にしよう」

決めたのは趣味で繋がった男。会ったことはないけれど、SNSでは思い出したように絡む事もある。見える限りはおかしなヤツではないだろう。家もうちからさほど遠くない。既婚者ではなさそうだし、若すぎるということもなさそうだ。

狙った獲物がそのまま釣れるとは限らない。でも、釣竿をたらさなけば釣れることは絶対にない。軽い気持ちでメッセージを送る。

「どこかで会いませんか?」

✳︎

話はトントン拍子に進む。

急展開に驚いているようではあったけど、SNSで絡みがある分、まったくの他人というわけじゃない。「出先ではお酒が飲めない」とか、なんのかんのと理由をつけて私の家に来る流れにして、近くまで車で迎えにいってやる事にした。

変なヤツが来たらどうしようという不安はいつもある。怖い思いをしたことも無いわけじゃない。でもいきなり呼びつけて押し倒そうとしている私自身が変なヤツでなくてなんだというのだろう。

そんな様々な考えが入り乱れているうちに、約束の時間が訪れる。
そこに来たやつは、そんな悪い感じの男ではなかった。

✳︎

家まで連れてきて、いきなり押し倒したら悪い。
そんな謎の律儀さを出して、お酒をすすめ、つまみを作って並べる。

うちに着いたときはまだ日のある時間だったけれど、朝昼問わず遮光カーテンをひいているので時間など関係ない。間接照明が常に輝き、この部屋はいつでも真夜中だ。一歩踏み入れたときから、俗世とは切り離された精神と時の部屋なのだ。

お酒を酌み交わし、他愛も無い雑談を交わす。緊張もほぐれてきたあたりで、映画でも見ようとDVDを流す。「贅沢な骨」というその邦画は、やたらとセックスが飛び交う扇情的な内容。

さあ、ここまで御膳は立てた。
据え膳食わないなら男などやめてしまえ。

「名前を呼んで。嘘でいいから好きって言って」

体を重ねながら、そうやって相手に求めるのは私のクセみたいなものだ。
何かを期待しているわけじゃない。今日のこの営みと同じで、足らないものを手近なもので埋めるだけの空虚な行動だ。これまでにも何度と無くそんな行為を繰り返してきた。埋めるための言葉も偽物なら、埋められる私自身に穴が開いていることも重々承知している。

それでもそんな言葉が思わず口をついて出る。

それが唯一の正解であると確信しているかのように。何度も何度も。
そして何も変わらない朝を迎えるのだ。何事も無かったかのように。

始発が始まったあたりに別れを告げた。

きっと彼との関係もこれで終わりなのだろう。厄介な問題もなく、さよならできたことは喜ぶべきことかもしれない。けだるい疲労感と共にそんなことを考えていた。

同時に、体の奥の方から言い表しようのない寂しさが溢れた。寂しさはすぐ大量の涙になって、とめどなくこぼれ落ちた。

理由はわからない。……いや、きっとそいつの声が、背中に回された手が「優しい」と思ってしまったせい。そんな若い子みたいな感傷に突き動かされるなど自分が信じられなかった。しかし一向に止まらない嗚咽が、自分の状態を雄弁に物語っていた。

動くことも出来ず、その場にうずくまり、一人声を抑えながら自らの体を抱きしめる。単に情緒がおかしくなっただけだ、そこに何もありはしないのは自分自身が一番知っている。

横になったまま、そう自分に言い聞かせ続けた。

カーテンに閉ざされたその部屋で、彼のぬくもりの残るベットで、布団を頭からかぶり私は涙を流し続けた。



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