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韓国語翻訳業務で大切なこと:ウェブマンガ翻訳コーディーネーターとの対談

 勤務校のオープンキャンパス企画で、若者に大人気のウェブトゥーンの配信最王手「ピ○コマ社」の翻訳事業のチームリーダーのF氏と対談しました。ウェブトーゥンとは、スマホなどで読む縦スクロールタイプのマンガのこと。電車の中などで多くの人が読んでいるのを見かけます。韓国ドラマ「梨泰院クラス」をはじめ、ウェブトゥーンが原作の作品も数限りなくあります。

 翻訳業務で大切なこと、日本語に翻訳するときにどんなことに気を付けるのかといった話を高校生向けにしました。

 対談する中で、強調していた点が2つありました。それがこのブログの内容に近かったので、意気投合してしまいました。

翻訳業務でもっとも”大切なこと”は? 

 翻訳で大事なのは、語彙の多さ、韓国語らしい表現を身につけていることと思ったかもしれませんね。それは全くの的外れで、答えは「日本語力」です。
 理由は簡単です。外国語で、母国語以上のパフォーマンスは出せません。外国語がうまくなりたければ、母国語のキャパを広げる必要があります。また、もはや機械翻訳が発達しているので、込み入った文脈でなければ機械で十分なのだそうです。逆に、人間の手が必要なのは「感性」の部分。ようは「文才」ということです。
 院生時代に字幕翻訳をしたことがありました。当時は韓流ブームが急遽押し寄せたので、韓国語字幕人材というのはほとんど存在しませんでした。なので、韓国語の分かる素人の私に、英語字幕のキャリアを持つプロから声を掛けられ、タッグを組んでペ・ヨンジュンのドラマに字幕をつけました。作業の流れとしては、私が素訳をつけ、プロの字幕師が手直しをするというものです。今なら、私の仕事はAIにできる仕事だったのかもしれません。
 つまり、要となるのは「日本語力」であって、「韓国語力」ではないということです。韓国語は、調べれば良いし、ネイティブに確認すれば良いのです。
 F氏も、韓国語はネイティブに聞けば良いけれども、「日本語の感性についてはどうすることもできない」とはっきり言っていました。私も学生に、韓国語も中級になると、日本語力つまり知識力がものをいう、科目でいうと国語力や社会科力のない人は、韓国語でも伸び悩む、と口を酸っぱくして言っています。プロの現場でも同じなのです。

翻訳家には”文化”の翻訳も必要

 もう一つ強調していたのは、「文化」です。ウェブトゥーンや映像字幕などの大衆コンテンツの翻訳では、「ローカライズ」を行うことがあります。日本の文脈で違和感のあるシーンやせりふは、省略ないしは日本の文脈に変換しているのです。論文や専門書ではないので、訳の正確さよりも「違和感のなさ」を重視しているのですね。ですから、韓国の文化を日本の文化に置き換えられるのか、あるいは省略しても問題がないか、ということを常に考えるそうです。
 日本大衆文化開放前の韓国では、日本の海賊コミックがたくさん売られていましたが、そこでも頻繁に「ローカライズ」が行われていました。「畳」が「フローリング」になっているとか、「神社」が消されているとか。そもそも日本語は縦書き文化なので「縦組み・右開き」ですが、韓国語は横書き文化なので「横組み・左開き」に直さないといけません。そのため、コミック全体を左右反転させて印刷していました。
 こうした判断は、AIにはできません。AIの限界については、立教大のAI翻訳研究者の山田優先生も似たようなことをおっしゃっていました。
 文化が凝縮されているものがことばです。文化は、ほかのものに置き換えられるものではありません。語学学習ではことばの置き換えや交換性ばかりが強調されていますよね。「単語を暗記し文法を理解すること自体が好き」というスタディー文化を楽しむだけの方には良いですが、ことばを使って仕事をするときには、「文化」を知ることは欠かせないといえます。

 最後に、山田優先生いわく「プロの翻訳者の仕事の半分」って何だと思いますか?

 それは「調べること」です。文法や単語の意味のことではありませんよ? 文化や文脈について調べているのです。あるいは、似たような状況での日本語での表現を探しているのです。

 これから外国語で仕事をしてみたいと思っている学生の皆さんは、一度自分の興味や学習の幅を振り返ってみましょう。もし外国語そのものだけに集中していて、その他のことはその外国語の習得と関係がないから全く触れていないというようなら、ぜひ幅を広げておきましょう。翻訳講座でも、その国の事情や文化が「背景」扱いされることがありますが、決して「背景」や「おまけ」などではありません。翻訳家にとっては、文化を翻訳する部分が「最も悩ましい問題」であり、作業時間の「半分」を占めていることを知りましょう。

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