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「そうすれば、なにかが見つかる気がして。」(鍵と錠前)

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古い鍵に憧れていた。錆び付いていて、華美なものじゃなくて、実際に使用されていたもの。15年前のRADWIMPSの野田洋次郎のように、紐を通して首にかけておくのもいい。ぼくを、ぼくが知らない場所へ導く鍵。


それは、初めて訪れたアンティークショップにあった。

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古い鍵は、たくさんあった。値札には、それぞれヨーロッパの国の名前が付いていた。つまるところ、その国のどこかで使われていたんだ。その中で一際、ぼくの目を惹くものがあった。どこの国なのか書かれていなかったけど、錠前と一組みになっていたのは、それだけだった。短い紐で、繋がれて。


「ええ。使えますよ。ほら。ちゃんと鍵も回ります」

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鍵穴は、鍵の先とまったく同じ形をしたものが二つくっついたような型。スタッフさんがやってみせたように、ぼくは真似た。たしかに、鍵を開けた感触があった。ぼくが住んでいるのはアパートだ。現役とはいえ、部屋の鍵を付け替えるわけにはいかない。でも、それでいい。ぼくには、毛頭その気はなかった。


しばらくは、机の隅に置いていた。書きものをして、疲れたときに、ふと何度も鍵を回すのだった。どこを開く鍵だったのか、どこに繋がる鍵だったのか。今でも、どこかに繋がっているんじゃないのか。いつ触れても、あたたかくも冷たくもない無機質な温度は、ぼくをつかの間の幸福に浸らせてくれるのだった。

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いまいち仕組みがわかっていないので、どっちに回せば開いているのか、閉じているのか、未だにわからない。何度も回すと、何度も感触が変化してくる。開いた? 閉じた? 覗いてみても、答えは見つからない。さっきまでは、右側がぐっと固くなったのに、今度は下側が……。


鍵をいじりながら、「いつか、一緒に旅がしたい」と思った。どの国の鍵なのかは、知らない。(たぶん、ヨーロッパだと思うけど。)もしわかったとしても、今度はどこの建物なのか調べなければならないし、もしかしたら無くなっているのかもしれない。たぶん、重要なのはそこじゃないんだろう。鍵と錠前を共にすることの方が。観光地より、住宅街がいい。鍵も錠前も首から下げて、目的もなく歩く。そうすれば、なにかが見つかる気がして。彼らは、その時をじっと待っている。

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