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手に余る(ノクチルカの夜/majiko)

カチ、カチ、カチ。
タバコに火をつけ、ようとする。
どうも、上手くいかない。
100円ライターだから、こんなもんか。
11回目で、ようやく火がつく。
くわえて、肺腑の奥まで吸いこむ。
ふうっと煙を吐く……振りをした。

目を開ける。
手元には、タバコもライターもない。
僕が吸ったのは、窒素と酸素と、その他微量の元素だけ。

全ては、架空のもの。
出来損ないの、パントマイム。

僕は、喫煙者じゃない。
今まで、1本も吸ったことはない。
口が淋しいときには、水を飲む。
心が淋しいときにも、水を飲む。

私の生命線は
とても短いのです
――『ノクチルカの夜』より引用

生命線、
子どものころは、無かった気がする。
無かったはずは無いんだけど。
ただし、とても短い。
2cm、あるか無いか。
2cmって、短いのかな。
僕の人生は、短いのかな。

Please rescue me from here
もう誰も嫌いたくないよ
Please rescue me from here
Please rescue me from here
――『ノクチルカの夜』より引用

23時。

静かだ。
うるさいくらい、静かだ。
なにも聴こえない。
車の走行音も、なにも。

「そして、誰もいなくなった」
そして……っていうことは、
元々、誰かはいたってことだ。
どうして、いなくなったのかな。
僕が、ころしたのかな。
……はは、笑えない。

夜の孤島。
SOSの猿。

その信号は、誰にも届かない。
誰に送ればいいのか、わからない。

街は白々しく移ろいでいく
空も何もかもが青に染まる
変われないわたしだけを残して
わたしだけ残して
――『ノクチルカの夜』より引用

そろそろ0時になる。
だめだな。
遅くまで起きていると、
悪いことばかり考える。
悪いことっていっても、
しょうもないことばかりだけど。
きっと、僕がしょうもないせいだな。

……そろそろ寝ないと、明日にひびくな。
でも、寝る気にはなれない。
ベッドを共にする相手が、いないからだ。
……まあ、それは冗談だけど。

「独りぼっち」になる夜は、ひさしぶりだ。
「独りぼっち」って、あまり気分のいいもんじゃないけど。
でも、
気分の悪いもんでもないかもしれない。
たまになる分には、ね。

架空のタバコをくわえ、架空の煙をふかす。
僕にしか見えない煙が、目の前でたなびく。

ああ、丁度いいや。

架空でも、
現実でも、
なんでもいいからさ。

どこにも行けないこの僕を、連れ去ってよ。

ノクチルカの夜(「CLOUD 7」収録)/majiko(2017年)

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