絶滅寸前のクマヤギのメス『ポニイテイル』★36★
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やせパンダと別れたハムスタが次の行き先として思い描けたのは、ティフォージュ城だけだった。
ケンカしてからええと……1週間くらい?
鈴原風は七夕からずっと学校を休みっぱなしだった。
こういうときは基本、「ごめんね」なのかな。
うーん。
でもウチ、悪いことなんてしてない。
むしろ、あっちが悪いんだけど。
あどは記憶に残る最後の場面を思い出す。
「ひとりで一生つぼんでなよ!」
いやぁ……さすがにヒドかったかも。
ひとりで一生とか、キツイ。
ふうちゃんは病気だったんだ。ネットのし過ぎで、バカみたいにゲンジツ的になっちゃって、頭の中は宇宙みたいに真っ暗なんだ。それを助けられるのは——妖精オルフェの『最新のお告げ』を思い出す。
「歯車がかみあわなくなっちゃった親友を助けられるのは、あどちゃんだけだと思う」
ゼッタイなくさないように、カードキーはしっかりリュックのチャックがあるポケットに入れておいたけど、城の壁の挿入口がなかなか見つからず、通行人に怪しまれた。リンリンの病気がうつったかも。ウチ、気にしすぎ。みんなが自分を見ているかもとかおかしい……。
入城は手間取ったがエレベータは高速、Fのフロアにはあっという間に到着した。
「ボンジュール!」「ナマステ」「チャウチャウ!」「ズドラーストビーチェ!」
どれを使えばいいんだ……。
ムダに仕入れた世界各国のあいさつをぐるぐる思い浮かべていると、F4の扉がいきなり開いてリンリンが登場した。
「あどちゃん?」
「あ、こんにちは」
「は? 何、こんにちはって」
「あ! ごめん……」
「それにもうすぐ夜だよ」
「こんばんは」
「何そのしゃべり方。どうしたのホントに……大丈夫? 昔のあたしみたいな顔してるよ」
「昔のあたし?」
「あるいは、絶滅寸前のクマヤギのメスみたいな顔」
「どんな顔だよ! ていうかビッグニュース!」
あどは部屋に入ると、相変わらず固いグローブソファに飛び込む。
ビッグニュースがありすぎて、どれから話していいかわからない。ひとまず最新の、オスのクマヤギ情報からだ。
「マカムラッチ、夏休みにオーストラリア行くんだって。ブラさんといっしょに!」
「それがビッグニュース? そんな情報、世界中の人が知ってるよ」
鈴原風はデスクにもどると、キーボードを叩き始めた。ネットをずっとやめられない病はまだ続行中みたい。
「ぬ? なんで知ってる?」
「この城でやる作業は相互にオープンなんだよ」
「レエさんから聞いたってこと?」
「ちがうちがう。あ、そうか、キミのブースだけパソコン無いんだっけ。こんないいスペースをもらってパソコン拒否るとか、逆にすごいよ。ていうか、もったいな。あの部屋、使ってなかったらしいじゃん、ぜんぜん」
「部屋にひとりはさみしいもん。怖い絵もかかってるし」
「怖いの?」
「あれれ? 前は怖くなかったけど……なんか好みが変わって」
「好みが変わって? ねぇ、さっきからしゃべり方ヘンだよ」
「そう?」
「まあいいや。どの部屋からもお互いのブースの様子や作業内容がわかるの。だからマカムラが調べてることも、こっちにはバレバレ」
「じゃあ質問。マッキーが今作ってるモノ、なーんだ?」
「なんか今朝、ブレスレットの作り方調べてたね。そんなの作ってどーすんだろ」
「いひひ。ウチは知ってるもん。ふうちゃんの頭はオモチャ?」
「そうだね。うん、オモチャだね。いひひ」
「ねぇ、 ふうちゃんも何かしゃべり方ヘンだよ」
「そう?」
「顔色もツヤツヤしてるし。病人じゃないとお見舞いにならないよ」
「お見舞い? 誰の?」
部屋の壁紙もピンク色からスカイブルーに変更されている。やせっぽっちのバンビは、少し太ったような気がする。ていうか青白い毒キノコっぽい肌が、ちょっと日焼けしてフツーのキノコになっている。あどはソファから立ち上がると、リュックの中に手をつっこんだ。
「ふうちゃん、ハイ。これあげる」
「なになに! うわっ、貝がら?」
ピンク色の小さな貝がらの表面は、リンリンのほっぺよりさらにツヤツヤしている。
「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち……これ、全部あたしに?」
「さっき海に行ったら落ちてて。おみやげに拾ってきたんだ」
「ありがとう! 花びらみたい。かわいい!」
「嬉しい?」
「うん。でもなんで? いつもだったらヘンなもの拾ってくるのに」
「ヘンなものって?」
「ドブネズミのしっぽとか」
「そんな怖いの拾わないよ。それ、さくら貝っていうんだって。レミ先生が教えてくれた」
「へぇ、さくら貝かぁ」
鈴原風はさっそくデスクのとなりの小さな白い棚へ行き、貝殻をきれいな間隔で並べた。
「海かぁ。あー、海にまた行きたいなぁ」
「海に行きたい? リンリン、海のイヤなとこ一万個くらい挙げてたじゃん」
「そうだっけ?」
「それに驚かないの? ウチ、レミ先生と海に行ったんだよ」
「ああ、そうなんだ」
「ん? なんかヘンだぞ!」
「ヘンなのはそっちでしょ」
鈴原風はあどにオレンジジュースをすすめたが、あどは珍しく断った。オレンジジュースは——さっき飲んだからいらない。
そんなことしたらレミ先生の思い出と混ざっちゃう。
「え? ホントに飲まないの? あたしは飲むよ」
「どうぞどうぞ」
「あんた、ホントにあどちゃん? チャックが後ろについてて、誰かが中に入ってるとか?」
「そんなはずないでしょ。ところでふうちゃん、相談なんだけど」
「ブプーーッ!」
バンビはオレンジジュースをクジラのように吹いた。
「もう、きたないよ!」
「ちょっと! 相談って! 初めてだよ、キミの口から相談って」
「こまったときはおどすんじゃなくて相談ってレエさんが言ってたもん。ウチは結構守ってるよ、その約束」
「約束を守ってるの? あどちゃんが?」
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