ブラックサンタ 『ポニイテイル』★07★
「いひひ。ふうちゃん。アイツ、大事な用事なんてあると思う?」
「やめなよ、尾行とか」
「やめない」
本人らは微妙にもめているが、2つの赤いランドセルは仲良く揺れている。放課後の児童のいない静かな廊下をそろりと歩く。
「あとをつけるとか、性格悪いって。バチが当たるよ」
「バチ当たりはあっちでしょ。せっかくのウチの誘いを断ったんだよ。じゃあ、リンリンだけ大人しく帰れば。塾なんでしょ。裏切り者には、ゼッタイに結果教えないから」
「まあ、塾は夜からだから、もうちょっとなら平気だけど」
「ホントに塾行ってんの? 行ってないってウワサあるよ」
「……」
「それにさ、この前学校休んだの、ズル休みでしょ」
「頭が痛かったの」
「6年になってから、もう100回くらい休んでない?」
「2、3回だよ」
「顔も毒キノコみたいに青いし」
「は? あんたがツヤツヤ過ぎんの!」
「しっ! 声が大きいって。ストレスたまってるんだな。家で何やってんの? どーせネットでしょ」
「うるさいな」
「知ってる? 小学生がネットやると死ぬんだよ」
「は? なんで」
「頭がこんなにデカくなって……」
花園あどは小さな頭をニョキニョキさせた。卒業式に向けて伸ばし中の髪がゆらゆら揺れる。
「部屋から出られなくなる。そうか、それで学校休んだんだね」
「バカ」
「休み過ぎ。んでさ、どーせ、夏休みが終わってもガッコー来なくなるんでしょ。不登校ってヤツ。まさかあんな真面目な子が……」
「は? 不登校とかダサ過ぎでしょ」
「とか言ってるヤツが来なくなるというね」
「ていうか、もうやめようよ、尾行とか。プライバシーの侵害」
「オキテとかプライバシーとか……さすがだね、ネットばっかやってると難しい言葉で頭がぎゅうぎゅう。死んじゃうよ、ホントに」
「もう」
「それにオルフェさまに言われたんだ。何でもしっかり観察しなさいって。ステキな発見があるってさ。いいですか、そうした発見があなたを作家の道へといざなうでしょう」
「あれ? 左に曲がった!」
2人の前方を行くマカムラの足は、昇降口で上履を脱ぎ、靴を履くと、まっすぐ校門へ向かわず、校舎の裏手の方へ向かった。
「あはは! やっぱり! どこで宝さがしすんだ? 裏山か。それともまさかのプール?」
「あどちゃん、いそがないと!」
「ふふふ。リンリン、尾行する気マンマンじゃん!」
2人は靴をつっかけ、後を追う。
「あれ? どこ行った?」
「あっ、ほら、あそこ! 警備員さんたちの家じゃない?」
校舎から少し東に位置するプレハブの建物――いわゆる『警備員さんたちの家』へ真神村の姿が消えるのが見えた。その『家』には、警備員さんだけでなく用務員さんもいる。だから『警備員さんたち』と複数形だ。
昼休みや放課後、子どもたちが行くと、先生よりずっと面白い大人たちは、刺激的なお手伝いをさせてくれたり、珍しいものを作って見せてくれる。外の音に聞き耳を立てられるようにという立派な理由からなのか、たんに安っぽい作りのせいなのかは不明だが、防音がまったく考慮されていない設計なので、中の話はぜんぶ外に筒抜けである。逆に家の外の話も、中に丸聞こえになっている点を、クラスメートを尾行し窓からのぞくような少女たちは、しっかり頭に叩き込んでおかなくてはいけない。
「失礼します」
「おおっ、しばらくだな!」
「すみません」
「あれっきりだからよ、暑くてとけちゃったかと心配したぜ、マッキー」
ブラさんはマカムラを見ると笑顔で握手を求めてきた。
「何か用?」なんてヤボなことは聞かない。用があってもなくても来ていい。いつでも誰でもウエルカムだが、女子はほとんど寄りつかず来るのはきまって男子、それもごく一部の男子だ。
(聞いた? マッキーだって)
(マカムラ、めっちゃ笑顔だね。ほら)
風は気のせいではないほど明るい真神村の顔を指さす。
綿菓子みたいなそのアゴヒゲと大きな体、たいてい黒系の服を着て大荷物をしょってブラブラしている姿から、この日に焼けた用務員のおじさんを、子どもたちはブラックサンタ、略してブラサンと呼んでいる。ブラサンは省略形なのに語尾が「さん」で敬称っぽいからみんな「ブラさん」と呼んでいるし、本人の前で口にしても平気だ。
ブラさんの太い指はよくそんな器用に動くねと感心するほどで、ペン回しも大得意、持ち込んでお願いすれば、シャーペンや筆箱を改造してくれる。竹トンボや紙飛行機などの昔遊びの工作はもちろん、見えないところに隠してあるプラモデルやラジコンも達人レベルの腕前だ。この警備員室兼用務員室はごちゃごちゃしているが、そのごちゃごちゃはワクワクするごちゃごちゃで、職員室とは違い、隠れキャラのようにフィギュアがあちこちでちょいちょい顔をのぞかせていたり、外国の文字が書いてあるブリキ缶や木の箱が積んであったりしてマニアックな空気がかもし出されている。遊びに来る男子も濃いメンツで、教室では外れにいる彼らがこの『家』では中心にいるので、フツーの子は、ここが楽しげなのは分かっているけれど、寄りつくに二の足を踏んでしまう。
「例のブツ、ちゃんとできてるぞ」
「いくらですか?」
「誕生日だからタダでいいよ」
(どこかで聞いたセリフだね)
(あはは)
「いいんですか? っていうか、ブラさん、オレの誕生日、なんで知ってるんですか?」
「覚えてない? 去年の七夕も来たんだよ。おめでとう。何歳?」
「あ、オレ、12です」
ブラさんは引出しの中からまぶしく光るステッカーを取り出し、誕生日に来てくれるなんて嬉しいぜ、と言って渡した。
「ありがとうございます! カッコイイ!」
「チャリに貼って自慢しまくれ」
「えっと、ブラさんの誕生日はいつですか?」
「なんで?」
「何かお返ししなくちゃ」
「いいよ」
「でも、一応、教えてください」
「んとね、マッキーと1カ月と1日ちがい」
「6月6日?」
「ちがう、後ろの方。パチパチでパチンコの日だよ」
「ブラさんにぴったりの誕生日じゃないですか!」
「マッキーは七夕か。ロマンチックだな。うむ。なんかヘコむぞ」
「そうだ! ブラさん、すごいんですよ! さっき、クラスにオレとあと2人の女子と、3人でいたんですけどね」
「両手に花か。モテモテの青春だね。はい、ステッカー没収」
「いや、そんな花とかじゃないんですけど。むしろ草」
ポニイのテイル★7★
塾にいる小学生が「ブラックサンタが来たらどうしよう……」と恐れていました。ブラックサンタは悪い子のところを訪れて、プレゼントではなく『生ごみ』を置いてくるそうです。その一方で、別の双子の小3の子たちが、「今年こそはサンタを見るぞ」と張り切っていたのが可愛かったです。
それで思い出したのですが、以前、塾で面白いミラクルが2つありました。
1つ目は、ある日のある時間に、私の塾に6人の生徒がいたのですが、なんとそこにいた全員双子だったのです!
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