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13歳、懲役6年。-第17話-

〜イシイ先生とギター〜

 そのころは一年ごとに寮監メンバーが変わっていた。ゲンサン、モトキは変わらずいたような気がする。
年が変わり新しい寮監がやってきた。身長が小さくて、背中が少し丸くて、メガネで角刈りで、いつもヒゲが青い50代のおじさん、イシイ先生だ。

ここまで一気に羅列したイシイ先生の特徴は、悪口ではないことを先に言っておく。ただ、事実として身長が小さくて、背中が少し丸くて、メガネで角刈りで、いつもヒゲが青い50代のおじさんで、それ以上でも以下でもないのだ。
あくまで推測だが、イシイ先生が小さい頃に、友達と家のほとりを歩いていると、イシイ先生が泉に落ちてしまった。すると、泉から女神が出てきて

「あなたが落としたのは、きれいなイシイ先生と汚いイシイ先生どっち?」

と聞かれ、友達は迷わず

「きれいなイシイ先生。」

と答えてしまったのだろう。そして女神は怒って汚いほうのイシイ先生を岸に放り投げたにちがいない。
 それほど「ただの身長が小さくて、背中が少し丸くて、メガネで角刈りで、いつもヒゲが青い50代のおじさん」だった。

 しかしイシイ先生は「見た目」よりトークが面白く、「見た目」より優しく、「見た目」よりサッカーが上手く。「見た貝」より絵が上手だった。
わたしたち寮生が出会う初めての寮監のタイプだった。過去のデータには、様々な寮監がいたとは聞いていた。
電子機器が近づくと扁桃腺がピクピク動く寮監、50mを6秒台で走る寮監、アメリカの警察が犯人を確保するような方法で寮生を確保する寮監(あれ、全部同一人物か。)そのどれにも当てはまらず、はじめは寮生は困惑していた。
 しかし打ち解けるのはとても早く、一緒に寮ウラでサッカーをしたり、深夜まで一階のラウンジで喋ったりした。サッカーを一緒にするようになって、ボールが用水路まで転がると貯水池まで転がってしまうという問題を、用水路につながる坂道の手前に軽トラを停めて、ボールが下まで転がってしまわないように「壁」をつくるという大胆な方法で解決してくれた。

 イシイ先生は小田和正が大好だった。よく小田和正の音楽を、朝の起床の音楽で流してくれていた。そしてイシイ先生はよく夜の集い後にギターを弾いてくれた。これまた「見た目」によらず、そこそこきれいな声で歌ってくれた。寮生はみんなイシイ先生が歌う小田和正が好きだった。
わたしは当時夜間外出ばかりしており、ろくに授業も受けておらず、夢もなかった。そんなわたしに

「ギターやってみるか?」

と声をかけてくれた。わたしはすぐにのめり込んでいった。
ギターの基礎はすべてイシイ先生から習った。なんの娯楽も許されなかった寮生活を送ってきたわたしにとってギターは心の隙間を埋めてくれる存在になった。イシイ先生のギターをこっそり部屋に持って上がり深夜まで練習したり、学校の授業を抜け出して寮にこっそり忍び込んで練習したりしていた。


「♫グ〜ッバイグッバイ、今は〜グッバイ♫」


見た目は完全なるおじさんだが、やさしい歌声だった。わたしは小田和正の『グッバイ』を歌うイシイ先生を見て「(見た目は完全なるおじさんやな~。)」と思うと同時に、見た目が完全なるおじさんでも何か一芸を持っていると、かっこいいんだなと心の中で思った。

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