【じじい放談Ⅲ 第6会 コスモポリタン】

「コスモポリタン」は、「心に溢れた希望を世界に広げたい」と思った昭和の世界的音楽家の「坂本龍一さん」が音楽に込めた希望に思えます。 YMOの坂本龍一さんが願ったと聞く、「コスモポリタン」です。

『コスモポリタニズム(英: cosmopolitanism)とは、全ての人間は、国家や民族といった枠組みの価値観に囚われることなく、ただ一つのコミュニティに所属すべきだとする考え方である。世界市民主義・世界主義とも呼ばれる。コスモポリタニズムに賛同する人々をコスモポリタンと呼ぶ。
古代ギリシャのディオゲネスが初めて唱えた。その背景にはポリスの衰退により「ポリス中心主義」が廃れたこととアレクサンドロス3世(大王)の世界帝国構想があった。その後のストア哲学では禁欲とともにコスモポリタニズムを挙げて人間の理性に沿った生き方を説いた。近代ではカントが穏健なコスモポリタニズム的思想を打ち出した。
コスモポリタニズムの発展的・急進的形態として世界国家構想が挙げられる。これは「人種・言語の差を乗り越えた世界平和には全ての国家を統合した世界国家を建設すべきである」という考え方に立って主張されたものである。
現在においてこの構想に似た理想を掲げている組織はEUだが、EUはあくまでヨーロッパ圏内の統合を目指すものとされており、世界国家或いは世界政府を志向するものではない。
≪中略≫
過去において最もコスモポリタニズムを指向した国家はソビエト連邦ともいわれる。ロシア革命を起こしたボリシェヴィキは、ロシア革命を世界革命の発端として考えていた。しかし、ソ連が期待していた西欧諸国での革命は起こらず、ソ連もスターリンが実権を握った後は一国社会主義に傾き、コスモポリタニズム的な世界革命論のトロツキズムを唱えたトロツキーは追放された。
帝国主義もある意味では世界国家を目指す動きであるともいえる。帝国主義はしばしば普遍的理想を掲げるが、その統合のやり方が「世界の人々を同胞として捉える」のではなく、特定(当該国)の国家や民族が絶対的優位に立ち、自国は他国をも膝下に統べる資格があると唱える統合であるため、通常コスモポリタニズムとは呼ばない。
しばしば誤解されるが、アナキズムと同一ではない。アナキズムが政府を否定する考え方なのに対し、コスモポリタニズムは国家や政府の存在を肯定している。(出典: wikipedia コスモポリタニズム)』

日本の高度成長期(1955〜73年の約20年、経済成長率(実質)年平均10%前後の高い水準で成長)からバブル景気(1986年12月-1991年2月)まで、私も含め国民が多くが経済的な豊かさを体験しました。 その後、バブル景気は崩壊し(1991年(平成3年)3月から1993年(平成5年)10月)、膨れ上がった経済の縮小は、恐慌回避と経済復興のために取った政策(円高誘導や金融緩和)の結果、日本を支える中間層は貧困化が進み、改善の兆しが見えません。
ロシアによるウクライナ戦争開戦(2022年2月~)で、日常消費物資の世界的な奪合いと安全保障への不安から日本円は急落し、生活はさらに苦しくなっています。
経済の発展途上であった1960年代と違うのは、「明日は良くなる」という曖昧な希望を持てたことです。 「昭和の希望」とも言えます。(今は明日は暮らせるが、その先は分からない) 
「景気は気分」「良いと思えば好景気」なのかも知れません。

明治以前の日本が藩(領主)により分断されていた頃、人や物流の移動が制限され、小さな経済で不足する物の奪合いが横行していました。 現代でも、世界は国家で分断され、人や物流の移動が制限され、奪合いが起こっています。 世界は、明治以前の日本のようにも思えます。
国境が無くなり、人と物が自由に往来できる世界を目指して、ロシア革命やEU統合など歴史的な改革が起こっていたようです。 
将来の豊かな生活のために、すでに持っている物を一度手放す事が出来ないようです。 奪合いの結果の豊かさは、何れ略奪され滅んでします。 いわゆる博打です。 博打の本質を捉えた一部(博打は勝負けのバランス)の人が、博打の勝者として生き残ることができ、そのような人は希少です。
誰でも出来るのが、富を世界中で分かち合う、コスモポリタン(世界市民)のようです。

「コスモポリタン」を身近に感じない「じいさん」ですが、子供の頃は外国人に合うことは殆どなかったのですが、今はほぼ毎日何処かで見かけます。 毎日のSNSやビデオ配信でも、外国人にあふれています。 期は熟したり!「コスモポリタン」への扉を開くときがやって来た? と思って「世界市民(コスモポリタン)」の戯言を話します。

収録 2023-4-20
配信 2023-5-7
ロケ地 漫湖公園@那覇市

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