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43|ひとりの夜

初日の夜。

静か。やることがない。ひとり。

とりあえずつけてみた新品のテレビから流れてくる陽気なコマーシャル。

ぼーっとそれを聞きながら寝転がってみる。

まだ物がなくて広くて知らないにおいのする、新しいおうち。

今日は朝から家族総出で出発。
後ろには山積みのダンボールたち。
車に揺られながら、呑気に千と千尋の冒頭を思い出していた。

がんばって車から荷物を運ぶ。
業者さんが来て電化製品が届く。
食品を買いに行く。

小学生の運動会で使った即興のちっちゃいテーブルを囲み、スーパーで買ってきたお弁当を頬張る。

ベットを組み立てる。
カーテンをつける。
小物類を出して収納する。

いつの間にか日が暮れていて、家族4人でファミレスに行った。ピザを食べた。

そこでバイバイした。
まあ今日で作業が全て終わるはずもなく、また数日後には母が来るけども。

ちょっとふざけて「さみしいな笑」と言ってみた。

みんなとハイタッチして、車に手を振って見送った。

帰ってきたら鍵をちゃんとかけて、もう一度部屋を片付けて、お風呂を沸かして、水を一杯飲んだ。

お風呂は静かだった。
あ〜疲れたってお湯に浸かってほっとしたけど、いつもなら扉の向こうから聞こえてくる家族の声がないことに気づいた。
水が水面に落ちる音だけが聞こえた。

お風呂から上がって、下着を脱衣所まで持ってくるのを忘れていたことに気がついた。

「おかあさーん、ごめんもってきてー」
って叫んで、

「もうーなんで忘れてくのよお」
とぶつぶつ文句を言いながらも「はい」と不機嫌そうに渡してくる母は、ここにはいなかった。

お風呂から上がって、この後何しようかなとふと思った。なんだかつまらない。いつもこの後深夜までの夜更かし、何してたっけ。

いくら夜更かししても「早く寝なさいよ」って言われることもないんだ。

不思議な気持ちだ

夜はよく眠れなかった。

朝日で目を覚ますと、そこには知らない風景が広がっていた。


一週間が経った。

朝、光とともに起きて、

ゴミ出して、洗濯して
一息ついたら自分の用意をして、
それでもまだ時間があるから
家出る時間まで光にあたってぼーっとする時間。

それで、よし、がんばるぞって家を閉める。

帰ってきて、洗濯物取り込んで、お風呂入って、
自炊したりしなかったり、食べない日もある。

例えばその間に寝ちゃっても誰にも怒られない。
今日はなんだかお腹すいてないなって時でも
じゃあ食べなくていっかってなるだけ。
なんで食べないの!!って怒られない。

自分が自由に使える時間が増えた。
自分のために尽くせる時間が出来た。

誰も私を怒ったり責めたりしない場所。
自分の意思がいちばんに尊重される場所。

“安心安全な場”が確保されつつある。

でもちょっど“さみしい”のも嘘じゃない。
弟とのくだらないやり取りが恋しい。
家のご飯食べたい。

どれもダメな感情じゃない。
自分の時間が欲しいなと思うのもでもどこかさみしい気持ちがあるのも、ふつう。

ひとりという空間だからこそ、これからさらにいろいろ考えちゃったりする日も出てくるんだろうなと思うんだよね。病む時もあるだろう。その時ひとりぼっちなのは不安。

でも一人暮らしを決めたのは、そういうね、自分を自分で観察して、自分と向き合って、自分のことをたくさんよしよしして、どうしたら自分がこれから少しでも元気に過ごしやすくなるかな〜って方法を考えていくための場であり機会でもあり覚悟でもあるから。いいのよこれで。大丈夫。

まだ一週間だから。焦らず行こう。大丈夫。


二週間が経った。

この生活にも慣れてきて、友だちを呼んだりもした。家では絶対にできなかったこと。すごく楽しかった。

家事や自炊もしている方だと思う。
適度にやることがあるということは、私には合ってるのかもしれないと思った。

家族にはいい報告しかしないから関係は良好になった。今日は麻婆春雨を作ったと言ったら母からうちも同じだったと言われて喜んだり、明日も部活がんばってねと父から応援されたり、弟からは相変わらず毎日電車の報告が来たりする。

二週間、怒られることがなかった。

そんなの20年生きてきて初めてだった。

こんなにのびのびと生きていていいのかと考えた。人格を否定されることがなくていいのかと。ダラダラしてても怒られなくていいのかと。

私だけ自由にしていいんだろうかと、考えた。

実家に帰れば実家の家事や仕事や育児があって、あんまりこうやって言いたくないけど、障害のある弟の世話もある。

私はそこから逃げてきた。

親との関係を断って完全に自立する訳でもなく、金銭的に支援してもらうといういい所だけ取って、距離を置いた。

こんなんでよかったんだろうか。
こんな風に甘えてる私が、自由に暮らしていいのだろうか。

今は分からない。
迷っている、というか、迷ってるも何もこの生活は続いていくのだけど。

親にどんな顔したらいいのだろう。

一緒に暮らしてない。私は何も力になれてない。親は寂しがってるから今度帰るけど、にこにこ帰っていいのかな。

でもひとつ言えるのは、あそこにずっといたら私は死んでいるも同然だったということ。

あ、比喩ですよ。

実家にいた私は、家に帰りたくなくて親のことが嫌いだった。うちの親は「悪い親」と言いきれないのがまた悪質で、パッと見はとてもいい親だった。前の記事にも書いてる通り。
でも私が怠けることを許さなかった。朝起きれないと叩かれた。

家にいるときの私の心は死んでいた。
もう限界だった。

だから今こうなってよかったと思ってる。
思ってるんだけどさ、
難しいね。

この良い状況のまま、4人で住むことはできなかったのかな。出来なかったからこうなってんだよな。

ごめんなさい逃げてばかりで。

とりあえずこの2週間の近況報告でした。

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