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香水を変える理由

昔、愛用していた香水の匂いを恐れる時がある。なぜなら、香りは、どんな音楽よりも、どんな写真よりも、記憶を鮮明に呼び起こしてしまう。思い出したくないことを思い返すこともあれば、当時五感で感じていた全てを蘇らせるのだ。

三年前、ラルフローレンの「ラルフ オードトワレ」という香水を使っていた。今でもその香水は微量に残っていて、香りが漂うだけで使っていた当時の記憶が鮮明に蘇る。大学三年次、マレーシアで購入した香水だった。今思い返しても当時は良き時代だった。日本企業のインターンで好きな仕事を海外で実現でき、恋人もいた。一夏の恋であり、交際関係は短かった。だが、自分にとって特別な環境だったせいなのか、失恋した頃、そんな大好きな時代を全て失った感覚に陥りとても辛かった。まさに留学マジックだ。

失恋を乗り越えるまでは、その香水の匂いを嗅ぐことすらもできなかった。匂いが漂うだけで、失ったはずの時空がフラッシュバックしたからだ。あの柑橘な香りが、常夏のマレーシア時代を何度も呼び起こした。

新しい香りを知る必要があった。新しい匂いを身にまとうことで、自分をまた好きになれる時代を生きてみたかった。
そのように過去から見切りをつけなければいけないと決意した時、私は新しい香水に変えたのだ。

時は経ち、失恋を完全に乗り越えた頃、昔の香水を身に振りまいた。自分らしく生きられなくなった時、過去の自分に化けて一日を過ごしたい。それは、ほんの少し幸せだった、あの頃の自分に戻れる気がするからだ。


人は皆、思い出したくない香りがあるのだろう。それは、仕事がうまくいかなかった時代、苦い恋をした時代、様々な辛い過去に愛用していた香水の香りなのかもしれない。

そんな時は、まず新しい匂いを身にまとってみてほしい。それは、新しい世界を生きていくことに繋がるからだ。視界もガラッと変わり、それまでこだわっていた価値観、世界観をも変えるだろう。そんな変化は単なる「感覚」だけかもしれない。

だが、私は信じている。香水を変えることが、心にこびりついた辛い過去をほんの少しでも拭うことに繋がるということを。その匂いに慣れていくことは、いつのまにか辛い経験をも忘れさせてしまう。新しい自分の香りを好きになることで、新しい「私」を好きになれる。なりたい自分に近付けるのではないだろうか。

また、過去の香水を懐かしむ時代が来るはずだ。そんな時が来たならば、前進した証。過去を思い出し、懐かしく思う余裕ができるほどに乗り越えられたということだ。

新品な香水は、新品な人生を運んでくれるだろう。もし、辛い過去から抜け出せない人がいるのなら、今まで匂ったことのなかった新鮮な香水に変えてみてほしい。




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