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PM7:45  3

「名前なんか聞いて何になるんじゃ?」

いや、貴方は私のを知っているし。

「元来名前なんた何の役に立つんだね。私が松田亜紀であったとして、また、井田理恵子であったとして何かからることがあるかね。所詮記号なんじゃよ。学校の先生が生徒の管理がしやすいぐらいじゃ。友達から呼ばれる?馬鹿言え。日本語は主語なんかガンガン省略しちまうんだよ。つまり、何も意味はないものって訳。それよりも好きなこととか、苦手なこと、休日にすることをいうべきだろう。」

「いやぁ、まあそうですけど。」

巾着を齧る。
「やっぱり。」

巾着の中に春にとれたであろうそら豆が入っている。
こんなのおばあちゃん以外の人じゃないとしない。

「最近な、旦那が死んでの、脳卒中じゃた。血管に悪いから酒を止めろ止めろと言ったのにサプリ飲んでるから大丈夫とか言っての。結果、頭プッツンでポックリじゃ。ㇲって死ねて幸福じゃったかもしれんがの。ただ、残された身にもなって欲しいとはこのことじゃよ。まったく。」

吐き捨てるように言って最後には薄墨の溜息を吐く。

「おばあちゃんじゃ、、、ない。、、、。」

おじいちゃんは
私がお母さんのお腹の中にいる時に建設現場の足場から落ちて即死だったと聞いている。会社側に落ち度があったと、仏壇を前に何度も何度も聞かされた。耳で「たこ焼き」が出来るぐらいには聞いた。
でもこの人のは違うでも、じゃあこの巾着は、、、。

雪の降る日
一つのホームにいた。

空には木星とともに時刻を告げる音楽が町内放送として流れている。
誰の曲だろう。この土地独特なヤツだろうか。

遠く遠くで踏切の音がする。もうこんな時間か。

混乱しすぎでこんにゃくが残っている。
直角二等辺三角形に切られていて、向きに当てもなく隠し包丁が入っている。それも側面にも。味が染みている。
「にゅっ」
っていう感覚が堪らない。

「あんた見てると昔の私思い出すわ。」

いかにもthe年寄り的なことを言っている。まあ実際そうなのだろう。

電車の黄色い車体が近づいてくる。
大急ぎでもう一つの巾着を口に入れ、

「あひかおうおあひあいあ。」

お礼がお礼になってない。
とやかく相手が「ふふっ」っと笑っているからにはいいのだろう。
また来たい。来れるだろうか。
そんなことを思った。

何でこんなにも。

まあいい、早く帰ることだ。日記を見れば解決するかもしれない。

ホームをもう一度見る。
”おでん”の文字はもうそこにはなかった。

ふーん。
「っっっぐっふ」
何気なく嚙んだ巾着の中身は、、、梅干し。
一種のロシアンルーレットである。忘れていた。
しかも、やっぱりご丁寧にコーティングされて事前に味がわからないようになっている。

夜の電車に女子高生が一人で咳き込んでいる。地獄絵図。
二駅ぐらいずっと咽ていたけれど、結局一時的に手に出してしまった巾着を食べて、一呼吸して立ち上がる。

    スマホを忘れてきてしまったようだ。

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