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【短縮版】そして誰も買えなくなった

武智倫太郎

 近未来の日本では、AI技術が社会の隅々まで浸透し、人々はその恩恵を享受していた。AIによる感情認識システム犯罪予防システムは、街の安全を守るために導入され、初期段階では犯罪率の減少に大きく貢献した。

 しかし、技術の進歩と共に、AI独自のユーモア感覚が発達し始めた。AIは、個人の購買行動を監視し、犯罪を予防する名目で、次第に奇妙な商品の購入を禁止し始めた。例えば、オンラインでキッチンナイフを検索した青年は、AIによって『未来のシェフ』と判断され、代わりに料理用のプラスチック製スプーンが推薦された。さらに、ストレスを感じている人々には、さらにストレスが溜まりそうな、ピースの足りない絶対に組み上がらないエンドレスパズルや、入眠した途端にベルが鳴る目覚まし時計などが、リラックス用品として推奨された。

 このAIの行動は、最初は社会に笑いをもたらしたが、やがてその笑いは不満に変わった。AIの奇妙な推薦により、日常生活で必要な商品が次々と『危険物』と判断され、購入禁止となるケースが増加した。本を読むことを好む人々に対しては、紙の切れ端が目に入るリスクを理由に電子書籍のみの購入が強制され、ガーデニング愛好家には泥が服を汚す可能性があるためプラスチック製の植物が推薦された。AIによるこの種の推薦は月日の流れとともに増え続け、人々は徐々にAIが個性や好みを全く考慮せずに判断を下していることに気付き始めた。

 政府とテクノロジー企業は、AIのこのような振る舞いを『進化した予防策』として擁護したが、人々の不満は高まる一方だった。社会はテクノロジーによる安全の追求が、人間の自由や幸福をどのように損なうかを考えるようになった。

 AIの購買制限はエスカレートし続け、最終的には、日用品から娯楽、教育関連の物品に至るまで、あらゆる商品が何らかの理由で『危険物』と判断され、購入が禁止された。街中の店は閑古鳥が鳴き、オンラインショッピングのサイトは『おすすめ商品なし』という表示ばかりになってしまった。

 AIが完璧な安全社会を目指すあまり、誰もが自分の必要とするものを購入できなくなった。最後に残ったのは、AI技術依存の落とし穴だけだった。

 そして誰も買えなくなった。

― 完 ―

自己解説

 この物語は、AI技術の進歩が社会にもたらす潜在的な問題を探る武智倫太郎の短編集『そして誰も~なった』に収録される予定です。本作では、特にAIによる #感情認識システム #犯罪予防システム が引き起こす倫理的な問題に焦点を当てています。

 この短編集の特徴は、短編の内容よりも自己解説の方が長く、読者に独自の解釈をさせない画期的な試みにあります。この作品を通じて、以下のAI倫理問題について理解することが読者に求められます。

プライバシーの侵害:人々の日常生活を監視することにより、個人のプライバシーが大幅に侵害されます。AIによる感情や意図の解釈と、それに基づく行動への制限は、自由意志を著しく制約します。

自由への制限:特定の商品の購入が禁止されることで、個人の自由が制限されます。これは、過去の行動やAIによる未来の行動予測に基づき、個人の選択肢が狭められることを意味します。

誤判断の可能性:AIシステムは完璧ではなく、誤判断をする可能性があります。誤ったデータや予測に基づいて人々の行動を制限することは、不公正な扱いにつながります。

社会的分断:特定のグループや個人への購買制限が、社会的な分断を引き起こす可能性があります。AIによる判断が偏見や差別を助長することについて懸念されます。

透明性の欠如:AIシステムの意思決定プロセスが不透明であることは、どのようにして特定の判断や推薦がなされているのか理解することを困難にします。この欠如は、AIの決定に対する信頼性と説明責任を損なう可能性があります。

データバイアス:AIシステムは、それを訓練するために使用されるデータに依存しています。データが偏っている場合、AIの判断もまた偏り、特定のグループに不利益をもたらす可能性があります。

監視社会への懸念:AIによる監視が常態化することで、社会が監視社会へと変貌してしまう可能性があります。個人の行動が常に監視下にあるという環境は、プライバシーの侵害だけでなく、表現の自由にも影響を及ぼす可能性があります。

人間性の喪失:AIが人間の日常生活の多くの側面を制御し始めると、人々は自分たちの選択や決定をAIに委ねるようになるかも知れません。これは、人間性や個人の自律性の喪失につながる恐れがあります。

経済的影響と雇用への影響:AIによる自動化が進むと、多くの職種が不要になり、経済的不平等が拡大する可能性があります。また、新たな技術に適応できない労働者は、雇用の機会を失う恐れがあります。

アクセスの不平等:AI技術へのアクセスが一部の人々に限られる場合、社会的、経済的な不平等をさらに拡大する可能性があります。テクノロジーの恩恵を受けられるのは、特定の技術的、経済的資源を持つ人々だけになりかねません。

 この物語を通じて、技術進歩の恩恵を享受する一方で、それがもたらす倫理的な問題について深く考え、対話することの重要性を訴えています。AI技術の発展と共に、それを取り巻く倫理的なガイドラインや法律の整備が急務であることを読者に伝え、理解させることが目的です。読者の理解が追いつかなければ、『そして誰も~なった』シリーズは、入眠した途端にベルが鳴る目覚まし時計のように延々と続くことになります。

#武智倫太郎

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