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いつか見た風景 99

「ヒップでホップな松果体」

「ワタクシゴトの、ワタクシゴトによる、ワタクシゴトのための」シンクタンクでも作ろうかって思っているんだよ。過激な好奇心を振りかざす痴呆老人主催の秘密結社だと揶揄されてもいいからさ。この世から消える前に、もう少しこの世の事を理解して、出来ればこの世に爪痕を残したいじゃやいか。ほら、子供の頃の柱のキズと同じだよ。私はここまで成長しましたよってね。

               スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス


「初会合はどことなく皆んな緊張するもんだよ」


 シンクタンクの名前は決まってるよ。I M B O( In My Biased Opinion =略してインボー)でどうかかなって。誰もの頭も偏見に満ちているからさ。ん?逆手に取った訳じゃないよ。素直に認める事から始めようかなって思ってたりするんだよ。世の中の事を私流に素直に解釈して素直に吐露するための研究機関と言ったら大袈裟かな。メンバー同志の偏見に満ちた意見交換が収集がつかなくなる事は覚悟の上でね。

 手っ取り早く初回のメンバーは行きつけのデイサービスから選んでみたよ。正式なメンバー登録への首実験も兼ねてさ。ヒマな老人を4〜5人見繕って、それからその日休みのヘルパーさんにも無理言ってさ。メンバー選考のアドバイスも欲しいところだけど、何より収集がつかなくなった場合の危機管理は専門家に任せるのが一番だからね。運の良い事に彼女の知り合いが近所でスピリチュアル系のカフェやってたから、午後のヒマな時間帯に皆んなでそこに集合したんだ。

 私が事前に用意したテーマは一瞬で消え去ったよ。何しろそのカフェの名前が「第三の目」だったからさ。扉を開けて店内に入るやいなや皆んなちょっとした興奮状態でさ。カウンターの端にマツボックリのオブジェを見つけた途端に老人皆んなが「ショウカタイ、ショウカタイ」って大合唱よ。


「松果体の神秘って何?」


 脳の中の小ちゃな小ちゃな内分泌線、セロトニン由来のメラトニンを産出する松果体ってのがあるだろう。ギリシアの医学者ガレノスが発見時に「脳の最初の道具だなコイツは」って言い放ったアレだよ。デカルトの二元論じゃ精神と肉体の相互作用はまさにココで起こるからさ。この神秘と不思議の塊はマツボックリに似ていたもんだから、その後にどこぞの宗教やら秘密結社やらの徽章や紋章にまでデザインされてるけど、大きさはたったの8ミリ程でグリンピース一粒と同じなんだって。今でこそ体内時計のリズムの規則化を促す一器官に成り下がっているけど、元はもっともっと偉大な組織であったに違いないって。

 毛細血管の森に守られたマツボックリの宮殿は萎縮した視細胞だったそうで、両生類や爬虫類が持っている頭頂眼のように光を感知していたらしいよ。何の光かはここでは言及しないけど、とにかく何かの光を感知して全身に指令を出していたのは間違いないだろうね。未来予知、千里眼、テレパシー、宇宙エネルギー放射器官、終末察知センサー、ヨーガのただの第6チャクラと、案の定メンバーの意見は混乱していた。

「ただのとは何よ!デカルトだって魂の在りかだって言ってるんだから」
「魂って何だよ、見た事あんのか?」
「意識って事じゃないですかね」
「そうさ、光を放つ意識の事よ」
「宇宙エネルギーみたいな?」
「それって破壊光線とか?」
「何を破壊すんのよ」
「ラーの目だからさ、ほら古代エジプトのホルスの右目よ」
「アレも松果体?」
「ラーかあ、太陽神ね」
「太陽神って破壊の神さまだったっけ?」
「それも松果体の仕業なの?」
「悪い奴だな」
「そうそう、だからバチカンの中庭にもあるんだよ」
「あったあった、おっきなマツボックリ」
「悪さしないように見張ってるって事?」
「たぶんね」
「怖いな、何だか」
「崇めてたりしてないだろうな」

 うっかり「ただの」と付けてしまった無神経なメンバーのお陰で一瞬怪しい空気が流れたけれど、何とか丸く収まり、会は機能した。それぞれが知ってる事と知らない事、信じている事と信じてない事が見事に噛み合う稀有な会合。知ったかぶったり知ったかぶられたりのその会合は、その後に再び新たな展開を見せ始める事になる。


「第三の目の開き方は人それぞれだよ」「私の場合のお勧めは?」


「そう言えばこの先の公園にもいっぱい落ちてたじゃないか」
「誰も気にしちゃいないけどね」
「ただのマツボックリなんか? あっ、ごめん、ただのは失言か」
「でも小ちゃな子供が拾ってたわ、一人で」
「一人で?」
「普通は友だちとか、親とか一緒じゃない?」
「その子、何だか大事そうにしてさ、拾ったマツボックリ」
「一人でか…」
「何かのサインかな?」
「一人じゃ寂しいって?」
「いや、そうじゃなくって」
「そう言えば、子供の頃は松果体もそれほど石化してないって…」
「あ、それ、ワタシもどっかで聞いた気がする」
「ホントそれ?」
「だからほら、見えたりするじゃない、子供の頃って、色々と」
「霊的な奴?」
「そうそう」
「大人でも見える人は見えるでしょう」
「歯とか磨いてない奴じゃないの?」
「何でよ?」
「松果体の石化はフッ素が関係あるって」
「歯磨き粉に入ってる奴?」
「だから毎日磨いて大人になる時には脳にフッ素が溜まってさ」
「石化すると能力落ちるのか」
「海馬の萎縮の次はマツボックリの石化の心配ね」
「フッ素加工のフライパンもダメだって聞いたぞ」
「ホントなのソレ?」

 カウンター席で友だちの店主と世間話していたヘルパーさんがこっちに向いてそろそろ解散の時間ですよと優しい笑顔で声をかけて来た。そうだ、この店「第三の目」のマスターの意見を聞き忘れていた。松果体の正体、覚醒の本当の意味や意識の在りかについて。悟りを開いた高僧が見ている風景についても。メンバーもきっと同じ気持ちだったに違いない。


「覚醒の時は突然やって来る」


 時間が一瞬止まって感じた。時計の秒針の動き出す最初の1秒が、次の1秒間より長く見えるクロノスタシスと呼ばれる現象のように。私はメンバーたちの顔を覗き込み、それからゆっくりとカウンターの2人に視線を戻す。静かに流れる時間の粒子の一粒一粒が、私の目の前をフィボナッチ数列の見事な螺旋を描いて流れて行った。日頃あまり感じることのない神聖で崇高な空気を吸っている気分になっていた。こいつが覚醒? そう私が思った瞬間に心ないメンバーの一人が余計な口を開いていた。

「マスター、この店のフライパン、どんなの使ってます?」



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