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【連載小説】「緑にゆれる」Vol.57 第七章
カケルさんは普通の大人と、少し違う気がする。
普通の大人の男の人がどういうものなのか、と聞かれると困ってしまうのだけど、とにかく、何かが違う、と感じる。
最初、カケルさんに会ったとき、なぜかどきり、とした。真っ黒な、少し鋭い目でじっと見つめられて、何かひきこまれそうな不思議な感じがした。ざわっとして、そしてちょっぴりだけ、怖くなった。あれは、どういうんだろう。圭は夢中で歩いて家へ逃げ込むように帰った。そのあと、お母さんの古い知り合いだ、と知って、すごくびっくりした。
もしかして。圭は、自分のすぐ隣でいつの間にか寝息を立てているカケルさんの方に体を向けて、考える。
カケルさんが、ぼくのお父さんだったりして。
でも、その考えは、すぐ消される。そんなはずはない。それは、お母さんとのやりとりを見ても、思う。もしもそうだったら、もうちょっと、慣れなれしいというか、遠慮がないような気がする。
圭は、ある日のカフェを思い出す。
その日、けがをして、血を流して帰ってきた。玄関に立ったら、カウンター越しに、お母さんと話をしているカケルさんを見つけた。二人は、何か話をしているのだけど、その声は届かなくて、ただ空気だけが伝わってきた。
親しげだけど、躊躇しているような、近づきたいけど、触れたくないような、そんな目で、カケルさんはお母さんを見ていた。
そして、カケルさんがお母さんからコーヒーカップを受け取るとき、あ、と思った。それは、あ、としか表現できない何かで、けれど圭の心に、くっきりとした印象を残した。ひりひりと、ひざの傷が痛む。ひりひりを感じながら、圭は、少し困ったような、でもひそかに幸せを感じている微妙な男の横顔を、じっと見つめていた。何というか、目が離せなかったのだ。ただいま、と声をかけるのも忘れていた。見とれていた、と言ってもいい。そのくらい、カケルさんは、いい顔をしていた。
その顔は、決して圭の前では見せない表情だった。大人の男のくせに、本当はどこかちょっと甘えたい、でもできないもどかしさを抱えていた。
カケルさんが抱えるもどかしさは、まだ触れたことのない女の人に対するものなんだろう、と思う。だから、カケルさんがお父さんということはない、と思うのだ。
見慣れない離れの天井を見つめながら、じゃあ、ぼくのお父さんって、一体どんな人だったんだろう? と考える。考えるうちに、まぶたが重く下りてきて、意識は夢の中へ溶けていった。
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