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【連載小説】「緑にゆれる」Vol.91 第十章

   十章

 パーティー、やろうよ。
 久しぶりの鎌倉の道を歩きながら、先日の試写会後のことを思い出す。

 上映が終わって、舞台裏まで来てくれた由莉奈は、目をきらきらさせて、そう言った。美晴ちゃんの店で、こぢんまりと。
まったく、心憎いやつだ。そう心の中でつぶやきつつ、思わずにやりとしてしまう。
 そう提案した由莉奈の隣で、美晴は、ひと言も話せないほど泣いていた。すごく、よかった。しゃくりあげながら、やっとひと言、そう言った。
 ここ、泣けるとこ? っていうところから、ずっと、泣いてたよ、お母さん。半ばあきれつつも、圭は自分のハンカチを美晴に差し出していた。背、ずい分伸びたな、と言って頭に触れると、少し、さけるようにしてから、まぁね、と言って、圭は笑った。もう、頭なんかなでられる年じゃないよ、ということなんだろう。線の細い印象はずい分変わって、体つきからも、透き通った目の光からも、しっかりしてきたな、という印象を受けた。
 小学五年生か。いい年ごろだな、と言うと、何が? と怪げんな顔をしたので、今日の映画の主人公と同じ年齢だ、と言ったら、納得したような、よく分からない、というような微妙な顔をしていた。

 少年が、虐待を受けていた少女と共に児童養護施設を抜けだして、自分たちの居場所を見つけるまで。そして、成人してからの、愛と苦悩。
 初めての監督作品は、とりあえず受け取ってほしいと思っていた身近な人たちには、届いたようだ。
 いつまでも、映画の中にいるみたいな気分だった、と、圭は言っていた。しばらく、そのことで頭がいっぱいになりそうだ、とも。
 だから、いい年ごろだ、と言ったのだ。物語の中に、いつまでも浸っていられる最後の年齢。自分は、何とか間に合ったようだ。少なくとも、圭には。

 懐かしい思いで扉を開けると、すでに由莉奈と奈美が手伝いに来ていて、ばたばたと料理を皿に盛ったり、テーブルをふいたりしていた。
 試写会が終わって一週間。美晴とゆっくり会うのは、これが初めてだ。ゆっくり、と言っても、今日の彼女は店の店主としてもてなす側で、たぶん話す暇もほとんどないだろう。
 でも、それがかえっていいのかもしれない。パーティーにまぎれこむようにして、帰ってきた、というようなのが。そう考えたら、改めて由莉奈の提案が粋なはからいに思えた。

 学生時代の演劇仲間は、由莉奈の他に、同級生の蔵之助と、一つ後輩の徹が来てくれた。あとは、今回、一緒に映画製作に携わってくれた奈美、編集で手を借りた田原、仕事上では親友とも呼べるカメラマンの谷崎がいる。
 乾杯の音頭は、若い奈美にやってもらう。完成まで、共に尽力してくれた。
 グラスを掲げると、すぐ、美晴はキッチンへ戻っていった。蔵之助と徹がカウンターの席に移動し、美晴と談笑している。三人とも、再会を喜んでいる。
 完成までは、連絡をとらない。
 彼女まで、すごく長く遠かったように思える。まるで変わらないように見える彼女も、そう思っていてくれたんだろうか。まだ、少し遠いものを見るようにして、彼女を見る。彼女は、わざとこちらと目を合わさないようにしている。普段は立てないだろう、笑い声を立てて。

「もう、何ていうか、取材対象の方とか、役者さんに対する姿勢が真摯で」
 奈美の甲高い声が矢のように耳に飛び込んでくる。
「私、ほんっとにカケルさんに惚れ直しました」
 思わずむせ返りそうになり、おいおい、と突っ込む。
「でも、私には人使い荒かった」
「そうよね。そういうとこ、あるよね。昔から」
 奈美とすっかり意気投合した由莉奈が、ワインを片手にうなずく。そこへ谷崎が加わる。
「じゃ、なーんにもなかったんだ。あれだけ二人でいても?」
 そういうことを言ってにやにやしている。いつものスタンスだ。
「あるもないも。たぶん、女と思われてないです。平林くんと同じ扱いかーって思いました」
「そんなことないよ。大事に思ってるよ。立派な片腕として」
「それは……ありがとうございます」
 急に勢いをしぼませてチーズをくわえた奈美を見て、谷崎は笑う。
「カケルの周りでは、みんな討ち死にするな」
 奈美が谷崎に鋭い目線を向けたとき、カラン、と扉のベルが鳴ってヘアメイクのRYOが現れた。手に白い花束を持って。
「ほら、仲間が現れたぞ」
 グッドタイミング、というように谷崎が笑いをかみ殺しながらそう言った。

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