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【連載小説】「緑にゆれる」Vol.11 第二章


 ふいに、おそろしく虚しい気分に襲われた。ぽかーん、とした昼間。みんな忙しく自分の世界で働いているのだ。それなのに、私ときたら。せっかくリフレッシュにもらった時間に、やっているのは元彼の足どりを追うストーカーまがいのこと。

 急に、はずかしめられたような妙な気分になって、それを振り切るように、きびすを返してずんずん歩いた。思いに突き動かされて歩いて、足は駅ではなく、ビルの隣に見える緑に向かっていた。

 公園よ、こんな気分に陥ったときは、公園。
 
 公園の中へ一歩足を踏み入れると、新緑の香りがマリを包み込んだ。わいわいとはしゃぐ子どもたちの声がする。サングラスをかけてランニングをしている人もいる。
 やっぱり、ここでもみなそれぞれにやるべきことをしている。

 私は。

 そのときの気持ちを、ほぼ、正確に表す言葉を、マリは知らない。

 自由になったのに、行きたいところが、ない。

 子どもの服やおもちゃのことを考えて買いに行ったり、晩ごはんのおかずを考えてスーパーへ行ったり。夫の食べるものと、娘の食べるものをそれぞれ考えて。でも、ベビーカーの娘がそろそろぐずるから、早めに帰らなきゃいけない。そうやって、目まぐるしく生活していることのすべては、夫や子どもが中心なのだ。でも、そこから解き放たれたら、自分の本当にやりたかったことが、ない。

 マリは、その生活の中に、気がつけば自分の世界が何もなくなっていることに、愕然とした。

 きれいな新築のタワーマンションに住み、優しい夫と娘に恵まれて、自分は世間的には優雅な専業主婦。

 持っている、何でも持っている、と思っていたのに、何にも持ってなかった――。

 そう実感して、ぼう然とした。

 緑は、こんなにも美しいのに。風は、こんなにも爽やかなのに。

 急に、なぜだか急に、悲しくなって、気づいたら涙があふれ出していた。

 公園の舗装されていない道の真ん中で、立ち尽くしたまま、ただ涙の流れるままに任せた。涙は、あとからあとから、ほほを伝った。

 道沿いに、ベンチを見つけて、やっとの思いでよろよろと一歩踏み出したところへ、向こうから歩いてくる人影を認めた。涙でふくらんだ瞳に、その人影は淡く白く光って見えた。

 その人影がだんだんはっきりしてきて、思わずマリは足を止めた。

 カケルだった。顔が分かる距離まで来て、向こうもすぐ気づいたようだった。固まったように、立ち止まった。

 驚くのも当然だろう。こちらは、偶然を期待していたけれど、向こうにとっては、全く予期せぬ再会だったのだから。しかも、その相手は、道の真ん中で立ち尽くして、だらだらと涙を流しているのだ。

「あ」

 急に、現実に立ち戻ったかのように、マリは慌ててバッグからハンカチを取り出して、涙を拭いた。そして、何事もなかったかのように、歩き出した。うつむいて、そのまま通り過ぎようか、とも思った。

 けれど、そんなことはできるはずがなかった。
 向こうも同じ気持ちだったように思う。
 
 普通に通り過ぎようと歩み出した。けれど、至近距離になるにつれ、歩みは次第に速度を落とし、肩と肩がすれ違うかと思われるその距離で、二人は立ち止まった。


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