【連載小説】「青く、きらめく」Vol.25 第四章 風の章、再び
「全く、マリには言えねえな」
蔵之助が、ぐいっとバーボンのグラスを傾けながらこぼす。
「どうするつもりだよ」
カケルは黙って、とつとつとビールを口にする。
「どうするって……何を?」
これはヤバい、この状況はヤバい、と周囲が察したようで、カケルはうもすも言わさず飲みに引っ張っていかれた。蔵之助、由莉奈、ぼんさん、徹ちゃんと佳乃。主要メンバーで飲んだり、ご飯に行くときは、だいたいこの顔ぶれだ。最も、佳乃が参加するのは珍しい。
「何をって。どういうつもりで、美晴と最後のシーンをやったんだ?」
「どういうつもりも何も。ただ、そのシーンをどう演ずるか見てみたかった」
それは、本当だ。ただ、見てみたかった。
「反則よ」
由莉奈が手羽先をバリバリ折りながら言う。
「マリちゃんがいないときに」
「試しって言っただろ。演出家としての欲だよ」
「じゃあ、聞くけど。マリちゃんがいるところで、同じことができたと思う?」
強い口調でカケルに向かって言ったあと、由莉奈は、聞こえないくらいの声でつぶやいた。
「カケルも、美晴ちゃんも」
分からない。それはありえなかった状況なのだから。ただ、本当に、まるで周りが消えてしまっているような、別の空気の中にいるような気がした。少女と、二人きりで。自分と美晴との間に起った密やかな化学反応、それは演じる者同士にしか分からない言葉のないテレパシーのようなもので、だからこそ、通じ合った時には、極上の喜びに変わる。見ている者たちに、どれくらいそれが伝わったかは分からないが、何かただならぬ空気は伝わったのだろう。
マリとやったら、また違うものが出来上がるのだろう。それはそれで、どうなるのか楽しみでもある。
「そんなに怒ることかよ」
カケルは、少し声のトーンを上げて、ビールをあおった。
「だいたい、女ってのはプライベートと役を混同したがる。いや、しすぎる」
カケルの隣で、ぼんさんがうんうん、とうなずく。
「役なんだし、もうちょっとドライに考えろよ」
「だって」
由莉奈は、ここでひと呼吸おいた。
「泣いてたよ、美晴ちゃん」
「えっ?」
声を出して驚いたのは、徹ちゃんとぼんさんで、蔵之助は、何も聞かなかったような顔をしてひょうひょうと酒を飲んでいる。そう言われるのを半分恐れていたように、カケルは黙った。部屋を走り去って行ってしまった時、多分それは分かっていた。彼女の顔を見なくても。何かが、彼女の心の琴線に触れてしまったのだ。
「これで、二人の間に何にもありません、って、思えって方が無理」
今度はカケルが反論する番だった。
「どういう意味だよ。ちょっと待て。ない、何もない。本当に」
「でも」
今までずっと黙って梅酒を飲んでいた佳乃が、口を開いた。
「美晴ちゃんにとっては、違ったんですね」
一同、佳乃に注目した。
「きっと、すごい体験をしてしまったんだと思います」
「すごい」
「体験?」
一同、かたずを飲んで佳乃の言葉を待っている。
「そう。……心中」
少し顔を上げた佳乃の眼鏡のふちが、きらりと光る。
「心中するみたいだなぁ、って思いました。二人で」
その場が、シーン、とした。後ろのテーブル席で、他の客がどっと笑っている。
「私には、そう見えました」
そして、カケルを見て、ゆっくりほほ笑んだ。
「それくらい、とても静かだけれど、すごかったです」
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(第四章、おわり。第五章は、Vol.26、再びマリへ)
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