【連載小説】「緑にゆれる」Vol.40 第五章
あまりに、部屋の中が蒸し暑いので、その日の夕食はウッドデッキで食べた。
美晴の住まいにクーラーはない。緑に囲まれて自然の涼が漂うこの辺りでは、不要だ、というのが美晴の言い分だ。確かに気温は少し低くて心地いいけど、湿度は高い。
美晴が、夕食を作る様子を、カケルは手持ちのビデオカメラに収めた。
自分の中に、何も生まれてこないときは、外に目を向けることにしている。
自分の外の世界にある美しいもの。心ひかれたもの。風景だったり、人のふとした瞬間だったり、おもしろいと思ったものなど。
そういうものに、ただ無心にカメラを向ける。すると、ある日ある時、それらの何かと何かがつながって、小さな物語が生まれることがある。
美晴が料理をする姿を、じっとカメラに収める。
慣れた包丁さばきや、まな板を洗って台をふく手際よさ、火を見るタイミング、それらの動作は一連のリズムをとり、無駄もなく、騒がしくもなく、見ていてすがすがしい。姿勢がいいのも、美しい理由のひとつだろう。背が低いから、どうしても背筋を伸ばしてしまうくせがあるんです、そう言いながら、彼女は笑った。
プレートに、パンプキンサラダを盛り、梅とじゃこのご飯をのせる。最後に、白いココット皿にチキンのトマト煮込みを添えて、パセリを散らした。カウンターに置かれたプレートと、添えられた手を撮る。
「ごはん、できたよ」
出来立ての温かい料理を、風に吹かれながらデッキで食べた。
「何だか、キャンプみたい。行ったことないけど」
圭がそう言うと、美晴が笑った。圭は、プレートのごはんをすべて平らげ、トマト煮込みをおかわりした。
ごはんを食べたあと、三人でウッドデッキに寝転んだ。電灯がほとんどないこの場所では、星がよく見える。漆黒の闇に、ぽつぽつと光る遠い星々。
七月に入ってすぐの、これから来る夏本番を予感させるような、何か力に満ち満ちたような夜だった。生暖かく、方向も定まらない夜風が、気まぐれに三人の顔を、体をなでてゆく。頭上をぐるりと囲むように、木々が葉を茂らせて、ざわざわと揺れている。ひそかな虫の羽ばたき。どこかで、鳥や小さなけものの気配がする。
こうして横たわっていると、濃い藍の夜に、体ごと染まってしまいそうだ。
里伽と出会った画廊にかかっていた絵を思い出す。絵の中に、ずーっと入っていってしまうような。そんな世界が、地続きで、ここにはある。
「何だか、舟に乗っているみたい」
ぽつりと美晴が言った。
「小さな木の舟」
背中にごつごつした感触の古びたウッドデッキは、確かに舟のそれに似ていなくもない。
「穴の開いている舟か」
カケルが、傷ついた足を組み替えて言うと、圭がふふっと笑った。
「沈んじゃうね」
「困るな」
美晴も、くすくすと笑う。顔は見えないが、彼女の胸が笑いで小刻みに上下している。
「私たち、三人で沈没するのかしら」
「埋めればいいんだよ。三人で」
突然、圭が身を起こして、すごい名案のように言った。ふいに、胸を突かれたような気がした。子どもは、あなどれない。思いがけず、真を突いたようなことを言うことがある。
美晴も押し黙っている。
「私は……無理だなぁ。大工仕事は」
間をおいて届いた美晴の言葉に、少しほっとする。
「おれに任せろ」
思わず、そう口走ってしまった。
圭が、本当? と寝転んでいるカケルの顔をのぞきこんできた。
「昔、ちょっとやったことあるからな。大道具で」
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