【連載小説】「緑にゆれる」Vol.12 第二章
「どうしたの? こんな所で」
肩越しにこちらを振り向いたカケルは、少しだけ眉間にしわを寄せて、何かいたわるような、いたたまれないような顔をしていた。
「あ……近くを通りかかったから」
とっさについた嘘を、彼が見抜いたかどうかは分からない。でも、何かの事情を読み取ったのは確かだ。
彼は、そういう人だ。
「大丈夫?」
彼は、静かな口調でたずねた。マリは、黙って、彼の顔を見つめた。
「いや、あまり大丈夫そうに見えなかったから」
相変わらず、鋭い、と思う。そして、できるだけ傷つけないように言葉を選ぶところも、相変わらずだ、と。
カケルは、一瞬腕時計を見ると、こう言った。
「お茶でもする? 少しだけなら時間あるけど」
ゆるやかにボサノヴァが流れるテラス席で、二人は向かい合って座っていた。公園の続きのような緑したたるテラスで、マリは、何年かぶりに会う元恋人を静かに見つめた。
すぐ隣の緑を見るともなく見つめる横顔は、昔と大きく変わらないように見える。けれど、さすがに年相応の落ち着きみたいなものが漂っていて、それはマリの心を落ち着かせた。
自分は、結婚してもう主婦で、相手は出会いと別れを経験した一人の大人として、自分の前に座っている。互いの心を敏感に感じ取ろうとしていた若い頃の緊張感は、もうないのだ。
「元気にしてた?」
ハーブティーを飲みながら、たずねた。
「まぁまぁ、元気にしてたよ」
彼は、カップを置いてから、そう答えた。かぐわしいコーヒーの香りがする。
「そっちは?」
マリは、少し黙った。彼は、私が泣いているのを、見ていた。
「元気よ」
もちろん、嘘はついていない。現実的には、何も問題ないのだから。
「結婚して、娘が一人いて、今日は義理の母に預かってもらって。ここから数駅離れたタワーマンションに住んでる」
わざと軽く言ってみる。すると、心が自然とそれについてくる。
「上々じゃん」
そこで初めてカケルは笑った。少し、目尻にしわが寄って、それが過ぎ去った年月を物語っていた。つられて自分も笑った。
「じゃあ、何」
どきっとした。
あまり、大丈夫そうに見えなかったから。彼は、そう言って、自分をお茶に誘ってくれたのだから。
「あ、えーと」
マリは口ごもった。すると、カケルは、ふっと笑って言った。
「別に、言いたくないなら言わなくていいよ」
マリは、改めてカケルを見つめた。今の夫より、ずっと前の自分を知っている、この男の人を。
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