【連載小説】「緑にゆれる」Vol.13 第二章
カケルは、リラックスした様子で、マリを見て、そのまま緑に目を移している。
「この間、美晴ちゃんの店に行ったの」
すると、カケルは、思いの外、無邪気な表情で言葉を返した。
「おれも行ったよ。ちょうど、桜が終わるころに」
「そう。私は、由莉奈さんと佳乃ちゃんと一緒に」
ひととおり、共通の友人の近況を報告してから、マリは、ひと呼吸おいてハーブティーを飲んだ。ハーブティーの残念なところは、少し時間がたつと、もう冷めて芳香が失われてしまうところだ。冷めて少し渋みのでてきたハーブティーを味わいながら、言葉を探した。
「美晴ちゃん、何だか幸せそうだった」
カケルも、うん、とうなずいた。
「何ていうか、自分の居場所がある、みたいな。自分らしい場所にいる、っていうか」
カケルのカップを置く音が、耳に響いた。
「そうだな。ああいう生き方は、あいつらしいのかもな」
カケルが、素直にそれを認めたことに、マリは、ちくりとしたものを感じた。
じゃあ、私は? 自分でまいた会話の種は、硬いつぶてとなって自分にはね返ってきた。
「私は」
ひざの上に置いた手は、気づくとこぶしを握っていた。
「私は、何だろ」
え、とカケルがこちらを見た。
「私の好きな世界は、何だったんだろう、って。思ったの。自分の世界は、ないなぁ、って」
「さっき言った世界が、お前の世界なんじゃないの? 立派なタワマンに住んで、優しいだんなとかわいい娘」
「それって」
マリは、カケルの言葉をさえぎるように言った。
「それって、私の周辺、じゃない?」
「周辺……」
カケルは、思いあぐねるように繰り返す。
「周辺、ねぇ」
今度は、うーん、と腕を組んでいる。
「分かんないなぁ。そんなに恵まれて。それは、自分が欲しかったものじゃないってこと?」
そう言われると、違う、と思う。確かに自分は、優しい夫も、素敵なマンションも、子どもも、望んでいた。
「ないものねだり、っていうんじゃない?」
カケルは、視線を落としてコーヒーカップに口をつける。
「美晴のこと、幸せそうって言ったけど」
カケルはカップを置いて、軽くため息を漏らした。
「そんなに幸せかなぁ。だんなもいないし。子どもと二人、ひっそりしてて」
ひっそり。そう、確かにそんな感じだった。彼女の周りには、華やかなショップも、おしゃれなママ友も、息抜きのお出かけも、およそ今、マリが手にしているものは何もなかった。
けれど、何なのだろう。この、焦りのような、嫉妬のような、複雑な気持ち。自分の居場所を、何とか確保して自活している美晴に対する、焦燥感。
私の自分らしさは、どこへ置いてきてしまったんだろう。外資系の企業のクリーンなオフィスで、背筋をぴん、と伸ばしてフロアを歩いていた頃。
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