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オタク面接官と、インターン生『創作大賞2023|漫画原作』第二話

第二話 何が悪いんですか?

 前回までのあらすじ♪
 私、高橋恵子!32歳!アイドルオタク!アイドルグループ・STAR LIGHTのミッシー推しで、次の現場を今か今かと待ち侘びている、普段は真面目なサラリーマンっ(
๑╹ω╹๑ )
 ある日、ミッシーのアクスタを持ち歩いているところを未来ある若者(25)に見られちゃったからもう大変っ(°▽°)!
 俺たちの冒険はまだまだ続くッ\\\\
٩( 'ω' )و ////
                〜完〜

 「……ちょっとぉ、ちょっと先輩?おーい高橋センパーイ!!」

 遠くの方から中谷が呼ぶ声がして、恵子はハッと我を取り戻した。中谷は恵子の顔の前でひらひらと手を振っている。
 別の世界に意識を飛ばしてみても、現実世界は漫画みたいな打ち切りもないし、日々は地続きに続いて行くのだ。

 「先輩?大丈夫ですか?」
 「…、ごめんなさい、大丈夫!」

 心配そうに見つめる中谷にそう伝え、恵子は恥ずかしさで死にそうになる心を無にして、デスクの横で同じく心配そうに自分を見つめる蓮二に向き直って言った。

 「こ、神山くん、高橋です。こちらこそ、今日からどうぞよろしくお願いします」

ーーー

 一通りの挨拶も終わって、蓮二は自分のために用意されたデスクに腰掛けた。緊張はまだ解れてはいないようだが、自分のために用意されたメールアドレスを見て、一瞬目をキラキラさせたのが恵子には分かった。

 人事部採用チームのPCは面接や説明会を行うためフリーアドレスになっており、恵子たちはかなり自由にオフィス内外を行き来している。
 基本の座席は決まっているものの、デスクを不在にしている時間も多く、恵子の斜向かいの中谷の席なんて、まるで展覧会かのように、ガチャポンで取ったオモチャのウサギが山ほど飾られている。
 蓮二にはその『展覧会』の向かい側、恵子の隣の席を用意し、何かあればすぐにサポートできるように準備を整えた。

 デスクと備品についての説明を行ったあと、中谷は恵子におずおずと切り出した。

 「高橋先輩…ほんとは私が神山くんのアテンドをするつもりだったんですが、このあと一件面接を入れてしまっていたことを忘れてしまっていて…申し訳ないんですが、神山くんの雇用契約と社内のアテンド、お願いできませんか…?」

 恵子の様子が今朝からおかしいので、中谷なりに心配してくれているのだろう。
 恵子はもちろん!と笑って中谷から業務を引き継いだ。

ーーー

 さぁて、中谷さんが面接に向かったか…!!!!恵子ォ、腹括れ〜!!!

 「高橋さん」
 「はいぃ?!」

 まさか、先に声をかけられるなんて。恵子は思いっきり上ずった声で返事をした。
 蓮二はワークチェアに腰掛けながらこちらを向いて、さらに口を開いた。

 「あの、昨日なんですけど「あ〜〜〜!!!昨日ね〜!!!!!!」

 動揺を隠せない恵子は、落ち着け落ち着け、と息を整えて、神山をチラッと見た。何を考えているのかは伺い知れなかったが、

 えーい!!!ままよ!!!!

 と切り出した。

 「神山くん…き、昨日、見た、よね?」

 かなり緊張しながら昨日のことに触れたのに、蓮二の返事は非常にあっさりとしていた。

 「あ、はい」

 『あ、はい』って!!!!!!!

 「や…やっぱりそうだよね、アク「見ました、説明会」

 え、せ、説明会?!?!?!?!

 「せ、説明会…を?見にきてたの?」
 恵子は頭の中で緊張の火山をドカーンと爆発させながら、しかし冷静を装って蓮二に尋ねた。

 「はい!今日からお世話になるので…どんなことされてるのか、見ておきたいなって思って。4年生にまぎれて、後ろの方の席で参加させていただきました」
 「な、そ…そうなんだ〜!勉強熱心なんだね〜!!!!!!」
 「中谷さんのご説明、分かりやすかったですし、一瞬会場がざわついた時もあったけど、高橋さんのファインプレーで何事もなかったかのように進行されていて…プロだなぁって」

 『プロ』

 この言葉に、恵子は今朝からの自分の振る舞いを心底恥ずかしく感じた。そうだ、この子は本気なのだ。

ーーー

 蓮二のインターン選考の最終面接を担当したのは、誰でもない恵子自身だった。

 神山蓮二、25歳。大学3年生。

 (「学年の割には結構歳がいってる。何浪したんだろう?」)

 それが、履歴書を見た恵子の、蓮二に対する第一印象だった。

 履歴書には、大学入学までに2年間の浪人生活を送ったことと、昨年1年間は休学してオーストラリアでワーキングホリデーをしたことが、時間をかけて書いたんだな、と一見して分かるような、不器用だけど丁寧な文字で綴られていた。
 綺麗に撮られた証明写真でも隠せないほど、どこか自信なさげな目が印象的だった。

 面接の場で直接会った時も、ひょろりと高い身長、着なれていないであろうリクルートスーツ、そしてその身体を窮屈そうに椅子に収めている様子は、恵子にさらに頼りなさげな印象を与えた。
 学校生活のこと、課外活動のことなど、紋切り型の質問をいくつかぶつけてみても、その回答の端々から自信の無さが伝わってくる。

 不安を覆い隠すように身体を小さくして、緊張した面持ちのまま椅子に腰掛ける蓮二に、恵子はゆっくりと問いかけた。

 「浪人期間中は予備校に通っていたんですか?」
 「いえ、宅浪でした。どうしても行きたい美大があって…結局ダメだったんですが。自宅で勉強しながら、画塾に通っていました」

 こういう質問の時、面接官に良く見られるためにはどうすればいいか分かっている学生なら、見えを良くするために嘘をつく。実際には違っていたとしても、無料体験レッスンを1〜2日受けた記憶や、友人から聞いた話を記憶の底から引っ張り出して、対策をしてくる。

 『予備校にも通って志望校を目指していました。結局第一志望には届きませんでしたが、その時にお世話になった講師の方や、チューターの方との出会いをきっかけに塾業界に興味を持つようになりました』

 ここまで言えたなら大したものだが、ここまでではないにしろ、塾業界で働くための面接で『通ってませんでした』とは、普通はなかなか言えない。

 だが、蓮二は続けてこう言った。

 「でも、お世話になれば良かったなって、思ってるんです。
 金銭的な余裕がなかった、というのが本当のところではあるんですが、アルバイトをしながらたった一人で自宅で勉強するのはすごく…孤独でした。一緒に勉強する仲間がいて、講師の方がいて…もしそんな環境だったら…たとえ結果は同じだったとしても、孤独ではなかったんじゃないかなと思っています」

 膝の上に置いたまま硬直していた蓮二の両拳が、力強く握られたのが恵子には分かった。

 「だから、御社でのインターンシップを通して、現役生、浪人生問わず、夢に向かって努力している若者のために自分にできることは何なのか考えたいと思い、今回の選考に応募させていただきました」

 先ほどまでの頼りなさげな表情から一変して、その目には力が宿っていた。

ーーー

 (「そうだ、そんな真剣さが良くて、この子を採ったんだった…」)

 恵子は蓮二の目を見て言った。

 「神山くん、ごめん…。昨日の夕方、大学の裏で偶然会ったでしょ?その時のこと…アイドルグッズを持ち歩いてるとこを君に見られたことに気付いて、それで…朝から落ち着かなかったの。ごめんなさい」

 『アイドルグッズ』と、オフィスで声に出すことは、たとえそこだけ極端に小声になったとしても、恵子にとってはとてつもなく勇気がいることだった。
 突然話し出した恵子に驚いたように、蓮二は目をぱちくりさせて、恵子を見つめたままこう言った。

 「昨日お会いしたの、気付いてもらえててよかったです。私服だったし、風で髪の毛ボサボサになってたし…
 すぐお声掛けしようと思ったんですが、僕のこと覚えてくださってるかなぁなんて思ったら、声掛けるタイミングもミスっちゃって」
 「ううん…誰かに見られたことが恥ずかしすぎて、よく顔も見れなかったから…と、いうか、本当にごめんなさい。恥ずかしい…」

 「何が悪いんですか?」

 「へ?」

 変な声が出た。

 「いや、だって大人がアイドルのアクスタ持って、写真撮って、学生さんに見られて…どう考えても、恥ずかしすぎるでしょ…」

 説明責任を果たすため、真っ赤な顔で消え入りそうになりながらも、恵子は言葉を絞り出した。
 だが、蓮二はますます不思議そうに、頭にハテナが浮かんでいるような顔でこう答えた。

 「だって、仕事の後ですし…それに好きなものがあるって、僕、いいことだと思います」

 こ、

 こ、

 この子、ええ子や……( ;∀;)

 恵子は蓮二の言葉に感動すら覚えた。

 「ありがとう…でも、上の空だったのは本当だから、それはホントにごめんなさい。今からはちゃんと切り替えるから、改めてよろしくね」

 すると、出社してからずっと緊張でガチガチだった蓮二が、初めて笑顔を見せた。

 「なんか、僕、高橋さんってキャリアウーマンって感じだと思ってたから…だから、よかったです。こちらこそよろしくお願いします」

 こうして、オタク面接官とインターン生の、たった一度の長期インターンシップが幕を開けたのだった。


ーー続く

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