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オタク面接官と、インターン生『創作大賞2023|漫画原作』第三話

第三話 生きる世界は意外と一緒

 前回までのあらすじ♪
 私、高橋恵子!32歳!アイドルグループ・STAR LIGHTのミッシーが大好きな善良なオタクっ
♡´∀`♡
 ミッシーのアクスタを持ち歩いているところを未来ある若者(25)に見られちゃったけど、彼、めっちゃいい子だった(((o(*゚▽゚*)o)))
 さあ、午後からもお仕事がんばるんば〜\\\\
٩( 'ω' )و ////

 「…がんばるんば〜…って!!!!!!」

 中谷さんよぅ…全然戻って来んやんけ!!!!!!

 恵子は女子トイレの洗面台の前で、思わず天を仰いだ。

 朝イチに、面接が1件入っていた、と恵子に蓮二の初日のアテンドを頼んだ中谷は、その後も、説明会の準備やら応募者からの電話対応やらで、結局、午前中いっぱいオフィスの自分の席に戻ってくることはなかった。

 おまけに、どうしても昼の時間でないと対応できないという内定者のために、急遽昼休みの時間に面談を行うことになってしまったため、恵子はこれから蓮二と2人っきりでランチを食べなければならなかった。

 社内チャットでの中谷からのメッセージを思い出して、恵子は頭を抱えた。

 『高橋センパーイ!ほんとにほんとにごめんなさい🙇‍♀️!急遽これから面談になってしまって…私のことは忘れて、蓮二クンと和気あいあい✨ランチ楽しんでくださーい🥺❣️』

 絶ッ対、ごめんなさいって思ってない\(^^)/
 大学3年生と32歳って生きる世界が違うからサァッ!!!何を!!!話せば!!!いいのやら!!!

 (「ひとまず最近の学生の就活動向について聞いてみよ…」)

 恵子がそんなことを考えながらオフィスの自席に戻ると、蓮二はデスクでお弁当箱を広げて、恵子が戻るのを待っていた。

 「お待たせ〜、先食べちゃっててもよかったのに…って、おお〜!!!」

 蓮二のお弁当は、手作りの卵焼きや煮物など、栄養バランスがよく考えられた、作った人の真心が感じられるような手作り弁当だった。

 「おいしそうだねー!恋人弁当だったり??」
 「いやいやいや…自分で作ってるんです」
 「へー!料理上手なんだねー!」

 人を見かけで判断してはいけないが、蓮二は決してマメでも、器用なタイプにも見えない。
 2浪し、1年休学までして自分の将来に向き合ってきた経歴から考えても、真面目で不器用なのだなと恵子は思っていた。それゆえに、蓮二の弁当箱の中の綺麗に巻かれた卵焼きは意外だった。

 「去年、オーストラリアにワーキングホリデーに行った時、飲食店でたくさん働いたので、それから料理するのが好きになっちゃって…って高橋さんこそすごいじゃないですか!!!!」

 蓮二の話をうんうんと聞きながら、恵子も自分の昼食の準備をしていたが、蓮二は恵子の持って来た弁当箱の中を見て驚愕した。彩も含めて完璧なおかずに、ご飯の上には錦糸卵でウサギのキャラクターが描かれている。

 「いやぁ…これも推し事の一つでね…」

 恵子は人差し指で口元を抑えて、まるで内緒話をするように声を潜めた。

 「ミッシ、…STAR LIGHTの三島くんがね、初めてドラマに出たのが、料理人役だったの」
 蓮二は記憶を辿った。確か、蓮二が高校生の頃に、そんなドラマがあった気がする。
 「ああ…主人公カップルがデートで使うレストランで、料理人してましたよね?」
 「そう!!!!

 恵子はハッと周りを見渡し、思わず大きな声を出してしまった自分自身を戒めるように、膝の上に置いた両手をぐっと握りしめた。

 「ミッ…三島くんの初めてのドラマだったんだけどね…ドラマで使ってた包丁とか揃えて、三島くんが作ってた料理を再現したりしてるうちに、どんどんハマっちゃってね…」
 「すごいですね!このミートボール美味しそう!作り方教えてください!」

 蓮二は素直に感心した。
 その様子を見て、恵子はまた心の中で安堵のため息を吐いた。

 この子………ほんまのええ子や。゚(゚´ω`゚)゚。!!!!!

ーーー

 午後の時間に入り、やっと中谷がオフィスに戻ってくると、3人は予約していたオフィス横の社内会議室に移動した。

 「センパ〜イ、ほんとに午前中は申し訳ございませんでした〜〜!」
 「全然大丈夫なんだけどね…中谷さんのスケジュール管理能力の向上は、私の急務でもあるわね〜」
 「うわぁ〜ん!ごめんなさーい!!」
 「あ、神山くん。ちなみにコレ、いつものことで、決していじめてるんじゃないからね!」

 明るく甘え上手なところが中谷の良いところで、恵子は、中谷にはそんな長所をこれから先も伸ばしてほしいと考えている。
 2人のそんなやりとりを眺めていた神山も、 ニコニコと頷いた。

 恵子はデスクから持ってきたPCをスクリーンに繋ぐと、本題に入った。
 「さ!ということで!今日以降、つまり神山くんのインターンシップ期間である3ヶ月間の大まかな予定の確認をしましょうか!一応、工程表を作ってみたんだけど…」

 中谷は驚いた。
 昨日以降、恵子とはろくに会話ができず、しかもこの時間まで、自分はその他の業務に忙殺されていたというのに。さすが高橋さん!と、中谷はキラキラした目で恵子を見つめた。

 「神山くんと色々話しながら午前中作ったやつだから、抜けとかがあるかもしれないけど…」

 恵子はそう言いながら、即席で作成した資料をスクリーンに投影し、説明を始めた。

 「まず、3つのフェーズに分けて、神山くんにはウチの採用業務を3ヶ月間で包括的に体験してもらおうと思います。じゃあ中谷さん!」
 「はいっ!」
 「採用業務を3つのフェーズに分けようとすると、どうなりますか?」
 恵子はまるで講師のように中谷に尋ねた。
 「うーん。選考前、選考、クロージング、ですかね?」
 「その通り!」

 投影した資料の2ページ目はフローチャートになっており、『応募前』『応募中』『選考』『クロージング』『入社』という単語が同じ方向を向いた矢印で結ばれていた。
 そのスクリーンの前で蓮二はメモを構えて、準備万端、といった顔で恵子を見つめている。
 (「やっぱり神山くん、いい子だな…」)
 スクリーンにを目をやりながら、恵子は一つずつ説明を始めた。

 「まず『応募中』。大まかに言うと、エントリーから書類提出前までの、選考前の方たちがここにいます。この時点での求職者への対応としては、架電やメールで選考まで接点を持ち続けることです」

 恵子が矢印を1つクリックすると、『媒体対応』という文字が現れた。

 「媒体対応?」
 「そう。求職者への対応と並行して、媒体への対応もたくさんあるんだよね。神山くんも、うちのインターンに応募するときに、『学生ナビゲーション』からエントリーしたでしょ?」

 『学生ナビゲーション』とは、学生登録者数ナンバーワンの新卒向け就活サイトのことである。
 蓮二はそのサイトを通じてエントリーシートを提出したことを思い出した。

 「学生ナビゲーションみたいな就活サイトのことを一括りに媒体と言うんだけど、求人票や、会社説明会への予約フォームを作成できたり、いろいろ機能があって。基本は媒体ごとにウチ専属の担当者が付いてくれてるから、その担当者たちに作成してもらった求人票の内容に間違いがないかとか、集めたい応募者の特性に合った文章になってるか、なんていう感じで原稿の確認を行ったり、ミーティングで進捗を確認したりする必要があるの」
 「そっか、じゃあ僕らが見ている求人ページって、その会社の人事の人が作成してるわけじゃないんですね」
 「そうとも限らないんだよ。担当者がつかない媒体もあるし、例えばハローワークとかだと、原則その会社の人事が一から対応するし。ですよね!センパイっ?」

 中谷の返答にそうだねと頷きながら、恵子は話を続けた。
 「そして、そもそもエントリー以前の求職者たちにもアプローチしていかなくちゃならない。エントリー前の求職者は『応募前』ね。そこで『応募前』の求職者へのアプローチ方法として代表的なものが『スカウト』や『DM』送付」
 恵子が矢印をクリックすると、ラブレターのイラストが『応募前』の文字の周りをぐるっと回った。

 「簡単に言うと、うちの会社の選考受けてみませんかー?っていうラブレターね。これも媒体によって、やってくれるところとやってくれないところがあるから、都度私たちも実施してます」
 恵子がまた画面をクリックすると、『応募前』と『応募中』が四角のマークで1つに囲われた。
 「とりあえず、『選考』より前の『応募前』『応募中』に付随する業務をひとくくりに『選考前』として、ここまでが一つ目のフェーズ。最初はここに一緒に取り組みましょう。あとは『選考』と『クロージング』だけど、要するに書類選考や面接と、内定者対応のことだから、実際に取り組む時に改めて説明するね。ちなみに、新卒採用は1年以上の長期スパンで実施するから、今回は原則中途採用で計画してます…って、神山くん、ここまで大丈夫そう?」

 蓮二はメモを取る手を止めて、少し考える素振りをした後、こう言った。

 「ご説明いただいた内容については理解できました。ただ、僕にもできることがあるのか、ちょっと、不安ですが…」

 「大丈夫!」
 中谷が身を乗り出して言った。

 「私も中途入社で採用なんてしたことなかったけど、今ちゃんと働けてるし!神山くんのサポートもするからね!」
 「その前に〜、中谷さんはスケジュール管理から、頑張ろっか♡」
 「ごめんなさ〜い!」
 午前中のことを忘れずに中谷に笑顔で釘を刺す恵子は、根に持つタイプのオタクなのだ。
 2人のその姿を見て、蓮二はまたふふっと笑った。

 「まずは、スカウト送付からやってみよう!」
 「はい!」

 この時の恵子はまだ気付いていなかった。素直で真面目な蓮二に裏の顔があることを…


ーー続く

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