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絵のない絵本「ビーチグラスウェディング」―小説『空は絵のない絵本の影絵』― 


 小学生最後の夏休みが、今日で終わります。

九時に電気を消し、ベッドに入ったチョコちゃんは、十時になった今も、天井をじいっとにらみつけていました。

「来た!」

突然、チョコちゃんが叫びます。天井に、まるくてあかい光の玉がうかんだからです。

「コムギ!」

声をあげると同時に、チョコちゃんは布団をけりあげてふきとばし、大きな出窓から顔をだしました。

そこからは、電柱のかげで懐中電灯をこちらにむけ、いつもとかわらない、やわらかい笑顔でほほえむ、コムギくんが見えました。

チョコちゃんは3秒でパジャマをストンと脱ぎ、1秒で白いワンピースをハンガーからはぎ取り、3秒ですっぽりとからだをとおし、4秒で階段をかけおりると、玄関の扉をいつもの倍の10秒かけて、ゆっくりと、しずかに開けました。

 

「これ!」

コムギくんは、にやりと笑いながら、懐中電灯の灯りを、あかくてまるいガラスの小石にむけてみせました。角のとれた楕円形の小石に、あかい輝きがやどります。

「ビーチグラスね」

いつものように、チョコちゃんがえばっていいました。

「ビーチグラス?」

「波打ち際とか、川のながれのなかで、石や砂利にけずられてできる自然の宝石よ」

「そっかぁ……この石にも名前があったんだねぇ」

何度もうなずきながら、コムギくんがいいました。

「ほんと、コムギはなんにもしらないのね。ふぅ……コムギのこの先がすんごく心配だわ」

そんな、えばりんぼうのチョコちゃんを、コムギくんは大好きなのでした。

「それにその色?」

「色?」

「あかよ、あか! ビーチグラスのなかでも、あかはすごくめずらしいの。そうね……そのルビーなら、今のコーディネイトにきっとぴったりだわ!」

チョコちゃんは、くるりと回って白いワンピースのすそをひらりとさせると、コムギくんにてのひらをひろげて見せました。

「ダメだよ! 父さんが見つけてくれたぼくの宝物だから」

「ケチ!」

そっぽをむいたチョコちゃんに、コムギくんがいいます。

「それより橋に行こうよ!」

「橋?」

「そう。夏休み最後のハープ橋」

「またカブトぉ?」

「今日こそミヤマ!」

「あのね、コムギ。いい? 今どき『ミヤマクワガタ』なんて、こんな都会にホイホイみつからないわよ! 夢見がちな男子の典型ね。ま、いいわ。虫カゴは……あるようね……」

肩にかけ、背中にまわしていた虫カゴを前にくるりと回し、コムギくんが胸をはりました。

「ならば、GOね!」

チョコちゃんはコムギくんの手を取り、ふたりは、なんにも捕かまえていない虫カゴを大きくゆらしながら、夜道をあるきだしました。

ハープ橋は巨大な分度器みたいな形をした、この町で一番大きな橋でした。

橋の両側には、ひとが橋から落ちないよう柵になっていて、その柵には、足元をてらすためのオレンジ色の電灯がついています。その灯りに夏の虫たちがやってくるのですが……。

「全然いないね……」

「虫たちの夏休みも、もう終りね」

ふたりは、虫を探し、うつむきながら橋をわたりはじめます。

「あれ?」

チョコちゃんが立ち止まりました。

「カギが、落ちてる……」

ふたりは足元に、ぼんやりとオレンジ色に光る小さなカギを見つけました。

「誰が落としたのかな? どこか、目立つ場所においておこうよ」

コムギくんがそういうと、ふたりは橋の真ん中までずんずん歩き出します。

「まるで巨人のハープだね……」

しばらくの間ふたりは、暗闇に浮かぶ巨大なハープを見つめていました。

「ねぇ、チョコちゃん。なんか、透明な巨人がいてさ、本当は、このハープを鳴らしてるんじゃないかなぁ? でも、透明だからさ、音も巨大な透明なんだよ……」

それはいつものことでした。こんなふうにコムギくんは、ぼうっとした声で急に、詩を朗読しているみたいなことを言い出すのです。チョコちゃんは、この瞬間のコムギくんが、一番好きでした。

「しりとり!」

突然、コムギくんが叫びます。夜の闇をふるわせるみたいに、鉄の棒でできたハープ橋の弦に、声が当たってひびき、こだまします。

「巨人の声になるのね! オ~ラ~イ!」

チョコちゃんのこだまも乗り気です。

 チョコちゃんが叫びます!

「しりとりのリ!」

「リんどウ!」

「ウメ!」

「メぎつネ!」

「ちょちょちょっと!『女狐』って何よ!」

「知らない……お父さんが言ってたから……」

「ほんと、大人も子供も、困ったものね……ネコ!」

「コんさート!」

「トおりあメ!」

「メそぽたみア!」

「『メソポタミア』?」

「たぶんあんたの知らない国~」

「正しいかどうか!僕にはわからない!」

「コムギぃ~私がゲーム中に嘘つくと思う?」

「そっか! アきチ!」

「チカ!」

「カキ」

「ふふふ」

「?」

「ふふ」

「? コムギ、なにニヤニヤしてんのよ?」

「キ!!!ン!!!タ!!!!マ~~~~~~~~~~~~!!!!」

「がははははははははははははははははははははは!」

「あっ!人っ!」

「え!?あっ!もう!!!!コムギ最低!!!」

 チョコちゃんが急にハープ橋の真ん中目指して早足で歩きはじめました。

 すかさずコムギくんも追いかけます。

「ズルいよ!!!あんなに笑ったのに!!たまたま家族連れが通っただけで全部僕のせいにして!!!!」

「当たり前じゃない!!」

「チョコちゃん!!今回僕本気で怒ったよ!!」

「え?」

「もう帰る!!」

「えええ???」

「嫌いだ!!大嫌いだ!!!」

「ええええええええええええええええ!!!!」

「?」

「あんた……どんな『沸点』してんの?」

「『沸点』?」

「怒るポイントよ。ほとんど怒ったことなんてないのに、それが……これ?」

「え? なんで?」

「なんでって。確かに私が悪いわよ。それはもちろん認める。ごめんね、コムギ」

「うん」

「でもさ、普段なら、そんなに怒ることじゃないんじゃないかって、私は勝手に想ったの。その決めつけもゴメンなんだけどさ」

「あ、そっか。そこかぁ。友達に裏切られるのは、嫌かな」

「当たり前じゃない!みんなそうよ!」

「だって!今チョコちゃん裏切った!!」

「はぁ? あの家族連れには私達より小さな女の子もいたのよ。小学六年生のカップルが夜にハープ橋でデカい声で『キ!ン!タ!マ~~~!』って叫んでたら、その子の教育に悪いじゃない?」

「えええええ???? あの子ゲラゲラ爆笑してたのにぃ?」

「だからよ」

「だから?」

「あのあとすぐに親に注意されるでしょ?」

「うん。多分。お父さんの方は爆笑してたけど、お母さんの方は驚いてたから」

「そ。で、私が怒ってどっかいけば、コムギが悪者になって、全部解決じゃない」

「ええええええ????」

「人を助けるって、そういうことよ」

「う~~~ん。伝わるような。伝わらないような」

「少なくともあの子はこれで怒られないわ」

「うん……多分」

「つまり、あなたがあの子を救ったのよ」

「え~~。そうかなぁ~~」

「そうよ。ま、でも、少なくとも、あなたの怒りはおさまったでしょ?」

「うん。裏切られてないことがわかったから」

「そ。私が私なら、それはあなたへの裏切りにはならないのよ」

「う~~ん。わかるような、わからないような」

「そういうものよ。見なさい、愛の陰謀でこの街はできてるんだから! だから夜景がこんなにきれいなんだよ……」

「はいはい」

「ふふ」

「ふふふふ」

「あ!」

「?」

 急にチョコちゃんが立ち止まります。

コムギくんも急ブレーキをかけます。

ふたりは、ハープ橋の真ん中で並んで立ちつくします。

「もしかして!」

「え?」

「コムギ!!!」

「なに?」

「カギよ!!!!」

「カギ……?」

何か考え事をしているチョコちゃんのことを、コムギくんがのぞきこみます。

「コムギ、貸して!」

「あ!」

 ハープ橋の、道と道のはさんだ真ん中には、橋の柱となる巨大な一本の塔がありました。

そこにある大きな鉄のドアに、ふたりはすかさずかけより、チョコちゃんはドアにカギをさしこみます。

すると、今までに回せたことのない重たいドアノブが、ゆっくりと回りはじめたのです。

「わたしたち、とうとう来たのね」

「『念願』ってやつ、かな?」

「コムギもやるじゃない。でもまっ暗だね」

「階段があるよ」

ふたりは闇の中、懐中電灯の灯りだけをたよりに、グルグルとまわりながらのぼる階段をあるきはじめます。

「こわいからしりとりしよう」

コムギくんがいいました。

「じゃ、わたしからね」

しばらくだまったあと、チョコちゃんは、

「ヒっこシ……」

とつぶやきました。コムギくんが急にだまります。

「ヒっこシ!」

今度はチョコちゃんの大きな声が、暗闇のなかにこだまします。

「知ってたの?」

コムギくんは、うかがうようにききました。

「ノぼりざかでコムギのおじさんにきいタ」

「……タからものあげル」

コムギくんがポケットからなにかを取り出し、チョコちゃんのてのひらにそれをにぎらせました。

その瞬間、

「ルびーは、いらなイ!」

とチョコちゃんがいい、それを突きかえしました。

ふたりは口をきけないまま、階段をのぼります。

こんなに悲しい気持ちで、階段をのぼったことが、ふたりにはありませんでしたから、いつもよりも暗闇が、とてもつめたく、おもいものに感じられました。

「ふたりで一緒にいるのに、こんな気持ちになるなんて」

心の中でコムギくんがつぶやきます。

いつもならそれは、声に出したみたいにチョコちゃんにつたわるような気がしていました。

でも、今日だけは、自分たちの硬い靴音が、暗闇すぐ隣にある壁からはね返ってきて、自分たちに刺さるみたいに、どこにも届かない気がしたのです。

「そんなさよなら、嫌だな」

 って、コムギくんは思いました。

 そして、チョコちゃんならきっと、同じ気持ちでいてくれる、そう思いながら、最後の一段を強くふみしめ、

「チョコちゃん。ごめん」

 とまっすぐにチョコちゃんをみつめて言いました。

 チョコちゃんは何も答えてくれません。

 最後の踊り場に、おおきな扉があらわれました。

 コムギくんが、ドアのノブを回します。

「うっ」

 ノブは回ります。

 でも、扉が重くて開きません。

 コムギくんはドアノブを回したまま、左肩を冷たい鉄の扉にぴったりとつけ、体ごと扉を押しました。

 少しだけ、扉が開きます。

「ふふ。宝箱みたい」

 チョコちゃんはそうつぶやくと、ドアノブのまわしたコムギくんの手を両手でつつみこみながら、一緒に扉に体重をかけました。

 ゆっくりと開いていく宝箱みたいに、暗がりのなかに、街の音や風の音が入って来ます。

 その音量が上がるのに合わせて、キラキラした街の灯りが暗闇にあふれていきます。

 扉が急に、一気に開きました。

「見て!」

 チョコちゃん大声も、いつものように開きました。

 ふたりは屋上に駆け出します。

 チョコちゃんがつぶやきます。

「宝箱の中にいるみたい!」

「思った!」

 ふたりは手をつないだまま。ゆっくり、くる~~~~~~~と回ります。

「『ビーチグラスの街』」

 チョコちゃんがつぶやきます。

「うん。『やわらかい宝石たち』」

 コムギくんがつぶやきます。

 手をつなぎ、ぐるぐると回りながら、どこから景色をながめて見ても、ふたりの住む街の、一番きれいな姿が、いつも目の前にありました。

 ふたりは何度も、ゆっくりゆっくり、ぐる~~~~~~~~と回ります。

「空!『星座の宝箱』!!」

 チョコちゃんがはしゃぎます。

「うん!星から見たらきっと、この星が『ビー玉プラネタリウム』なはず!」

 ふたりは手をはなすことなく、そのまましばらく、ゆっくり、ぐるりぐるりとまわりながら、『星座の宝箱』や、そのあふれる宝石を水面の鏡に映したような『ビーチグラスの街』、その『やわらかい宝石たち』のキラキラを眺めていました。

 コムギくんが言います。

「地球ってさ、太陽と、月と、手をつないでるみたいでしょ?」

「見えない手?」

「そう。『見えない手』」

 コムギくんはつないだ手の力を少しずつ弱めます。

 それに合わせて、チョコちゃんも、回転の速度を、ゆっくりとゆるめていきます。

 コムギくんが、ずっと遠くを眺めたままで、ぼんやりつぶやきます。

「ここから『ビーチグラスの街』を見てるとさ、星のひとつひとつにもきっと、無限の『見えない手』があって、ほかの全部の星と、つながってる気がする」

「みんながみんな?」

「うん。みんながみんな」

 そしてまた、きれいな雲みたいな、おおきくて白く、ふんわりした優しい声で、

「合唱みたいに」

 と、ささやきました。

 チョコちゃんも、自然とその声に合わせ、空みたいな声で、

「うん。合唱みたいに、きれい」

 と、コムギくんのおおきな想いを、そのままやわらかいまま、包みこみます。

 そしてふたりは、回転の速度をさらに落として、立ち止まります。

「イってらっしゃイ」

 チョコちゃんがいうと、

「イってきまス」

 と、コムギくんがほほえみました。

「ス……」

 チョコちゃんが言いました。

 その時です。

 ふたりのあいだを、強い風が通りぬけました。

 しりとりを返してこないコムギくんを見て、チョコちゃんは逆に少し安心しました。

 そして、

「さすがに風がつよいね。声がきこえない……」

 と、チョコちゃんはぶつやき、コムギくんは、何も聴こえなかったフリをして、心の中だけで、

「キ」

 とつづけました。

 もう一度、冷たい風がふたりの間を通り抜けます。

「あ、秋……」

 チョコちゃんがつぶやくと、コムギくんが、

「うん」

 と、つぶやき、きゅうに真剣な顔でおじぎをして、

「着替え、今日が一番早かったね。ありがとう」

 と、いつもの笑顔をチョコちゃんむけました。

「うれしくなんかない……。そんなこといわれたって……」

 チョコちゃんは声にならない声をあげながら、たくさん涙をながします。

 そんなチョコちゃんをみつめながら、コムギくんがいいました。

「巨大な泣き声をありがとう……」

「バカ……」

 チョコちゃんがさらにうつむきます。

「手を出して」

 とコムギくんがつづけます。

「手?」

 チョコちゃんがひろげたてのひらに、コムギくんはあかいビーチグラスをおきました。

「手をつないでるから。遠くにいても、このルビーで」

「でも、宝物でしょ? お父さんからもらった」

「宝物だから、渡したいんじゃない?」

「いらない……嫌い……」

「いつでも僕は、ここにいるから……」

 コムギくんはチョコちゃんの手を、自分のてのひらでつつみこみました。

「ラブレター、書く……」

 チョコちゃんは、小さな声でそういいました。

 ふたりは同時に、秋のにおいをかぎました。

 

 ふたりは力をあわせて、重たい扉を開けます。

 暗闇の中、懐中電灯の灯りでルビーを照らしながら手をつなぎ、少し先を照らすあかい光に向って、ゆっくり、ゆっくり、ならんで階段をおりていきます。

 たまたま思い付いた曲を、偶然同時にふたりでくちづさみます。

 ふたつの歌声を、ひとつに合わせて微笑み合い、同じ歌を、歌いながら。







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