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夜風

 ——日中の燦々と降り注ぐ太陽に暖められた陸地が夜になると冷やされ、海面との寒暖差で気流の流れが発生し、海から陸に風が送り込まれる。——

 そう彼女に語り掛けようと思ったがやめた。この沈黙を打開するために話題作りに注力したが、そうして捻り出した内容があまりにもつまらなく、なんといっても雰囲気に合わないと判断したからだ。ここまでのことを考えていたのかは定かではないが、実際はただ単に面倒くさくなっただけだ。

 また一つ学んだ。この場合、話すことはそれほど重要ではない。会話がなくても雰囲気が良ければそれでいい。

 自分の世界に没頭している間に、彼女は数メートル先を歩いていた。追いかけようと思ったが、その後ろ姿をずっと見ていたかった。後ろから彼女を見ていると、彼女といる自分を俯瞰しているような感覚だった。

 今度は、彼女の後ろ姿を見つめながら歩いている自分の姿を俯瞰したときに、ストーカーみたいで気持ちが悪いと思った。口角があがっていることに気づいたのでなおさらだ。

 彼女の元へ走った。彼女は振り返って怪訝そうな顔を作ってみせた。

 「横、歩いてよ……」

 彼女は恥ずかしそうに手を差し伸べてそう言った。そのとき、彼女が被っていた帽子が飛んだ。

 「待って!」

 慌てて帽子を取って彼女に被せると、2人で笑い合った。

 ちょっと考えすぎていたのかもしれない。

 彼女は「夜風」となって僕の心を温めてくれる。彼女が困ったときや悲しんでいるときは「夜風」を吹かせたい。そう思えた。そうすれば2人の「寒暖差」を解消することができるのだから。

 夜風が心地よい。


おわり

※この物語はフィクションです。