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【落語(7)】 『病む女』(問題篇)』



客1「こちらが大河内さんの探偵事務所ですか」

裕太「いかにも、大河内白鳳の探偵事務所でもあり、あたくし、金城裕太の探偵事務所でもありますが、どういったご用件でしょうか?」

客2「あ、大河内さんじゃないってよ?」

客1「ええっとたしか、白鳳さんにはそそっかしい助手がいるっていうはなしだから、ここで間違いはないわけでしょ?とりあえずお話をするだけでもしたほうが。。」

裕太「えー、コホン。私金城裕太は、助手ではなく、大河内の同僚でありまして。大河内は大河内で、人が良すぎるところがありますし、このあたくしがいるからあこの大江戸探偵事務所は成り立っているわけでありまして。で、ご用件は?」

客1「ああ、これは失礼をいたしました。いえ、実は私どもの主が、といっても一緒に住んでいるわけではなくて、雇い主でして、まあそこはなんと申し上げたらよろしいですか、社長とかそういうのでもありませんから仮に主と呼んだ次第でして。その主が、今どうにも病んでいるので、とこのような書状を我々に送りつけてきたわけでございまして」

裕太「拝見いたしましょう。なになに?『あたしは。。。』って、ええっと女性?」

客1「ああ、はい。いや、そうだと思います」

裕太「思いますっていうのは?」

客1「我々は雇われているといっても、その都度集められているだけの関係でして、先ほども申しました通り、会社組織に属しているというわけではないのです」

裕太「いまひとつはっきりしないねえ。そこんとこ、もう少し詳しく話してもらえます?」

客1「はい。コワーキングスペースってわかりますかね」

裕太「ああ、はいはい。あの、貸しオフィスっていうか、いい値段出払って小洒落たビルに集まって、それぞれ勝手に仕事しているけど、ゆるく繋がることもあったりするっていうスタイルのあれね。じゃあお宅らはそこに集まった人たちだ。今時だねえ」

客1「いやあ、似てはいるんですが、少しばかり違いまして」

裕太「はあ。というと」

客1「いろいろ人が集まって何事かをするのも面倒なご時世でしょう」

裕太「そりゃあね。寄席だって閉めてオンラインで落語やっていたりしたくらいだから」

客1「そのオンラインですよ。今じゃ会社でさえテレワークの時代です。コワーキングスペースでさえ今時じゃないんですよ。ただ、それぞれがノマドワークをするっていうだけではコネクションが弱いわけで。あと、ちょっと寂しいとか、情報が偏るとか、刺激がないとかがあるわけですね。かといって、SNSで広―くたくさんの人と関わるのも無駄なつきあいが多くて効率的じゃありません。馬が合う者同士で顔の見える関係の異業種が、とにかく顔をときどき付き合わせるってだけの、テレ・コワーキングスペースを作っているわけですよ」

裕太「はあん。時代は次々動いていくね。俺はついていけない。。。いやいや、あたしはそういうのについていっているんだよ。いや、俺もね、白鳳・・・ああ、大河内のことね、彼とはそれぞれの分野で力を発揮してね、顔をつきあわせてね、単なるノマドじゃなく、事務所を構えていっしょに働くという新しいやりかたをしているところなんですよ。これ、なんて名付けようね」

客2「カンパニーと呼べばいいんじゃないですか」

裕太「へ?ああ、そういう呼び方があるわけね。俺も最先端行ってたんだねえ。いや、分かっていてやってましたよ」

客1「お話を進めてよろしいですか」

裕太「ああ、失敬失敬。で、そのテレ・コワーキングスペース?みなさん、どういう人が集まっているんですか?」

客1「基本的には、落語や都々逸とか、くわしくなくてもいいから好きで、洒落が判る、が仲間になれる条件です」

裕太「えーっと(メモする)、、都々逸もね。はい。洒落が分かるってのもいいね。白鵬のヤツぁ、ときどき俺のギャグをスルーすっからね。
んで、職種とかは?」

客1「本当のことを言うとよくは判んないんです。たとえば私は教員なんですが」

客2「あら、そうなの?初めて知った」

客1「ええ。初めて言いました。でも、今の時代、職業にアイデンティティなんてないじゃないですか。なんだかんだ暮らせるっていうか。だから、複数の仕事をやっていると言っていいような、ともすればその日暮らしの水商売と言いますか、そんな感じでいろいろ集まっているんですよ。
ホント謎でして、例えば、夜の蝶だと言うのにノンアルコールだとか、数学の研究をしているはずなのに大道芸ばかりしているとか、ストリートダンサーなのにいつもソファーで寝そべっているとかです」

裕太「最後のが気になったね。安楽椅子探偵っていうのはうちの白鳳もときどきそんな感じでやっているけれど、安楽椅子ダンサーはないでしょ」

客1「まあ、みんなそれぞれ自称っていうか、自称さえもしていなくて、お互いに噂しているだけなんで、今日こうして私たちが面と向って会うのも初めてなんですよ」

客2「初めてです」

裕太「へええ。あれ、だけど仕事でお互いに分担をするとかも言っていなかったっけ?それってどういう仕事を、どう分担するの?互いに仕事も知らないわけでしょ?」

客1「イベントの開催とか、誰かが本を出版するとか、インターネット内で企画を起こすとかです。後、動画の配信とかもありますね。それぞれの得意なことはある程度知っていますし、知らなくても「これできる人いる?」なんて尋ねるとたいていは「俺、設計図なら手に入れられる」とか「グライダーでなら飛べる」とか「法務省にコネならある」なんて感じで協力しあえてしまうんですよ。少なくともこれまではそうでした」

裕太「ちなみにお宅はなにが得意なんです?勉強を教えること以外に」

客1「いや、俺の場合、これといった取り柄は。。」

客2「あら。体力自慢でしょ?足が速いし」

裕太「そうですかい。じゃあ、この主っていうのはどういう人?」

客1「私たちは、姐さん、と呼んでいたりします。主に企画を出し、自分たちに指示を出してくれます。それがなんともうまいというか、「指示」とは言いましたが、なんかノセるっていう感じでうまく事を動かしてしまうんです」

裕太「へえん。なんか分かったような分かんないようなだけれどね。やっぱり顔とか素性は不明なの?」

客1「それが私も気になっているくらいでして。顔とかが」

裕太「さっき、顔が見える関係って言っていなかったっけ?」

客1「シルエットしか見たことがないんです。でもわかりますよ。ええ。いい女だと思います。男たちの間では、きつね顔系北川景子似美人説と、たぬき顔系有村架純似美人説できっぱり分かれていまして、私はたぬき顔系美人説を推しています」

客2「あの、それはなんの参考にもならないんじゃ」

客1「あ、失礼しました」

裕太「ああ、いいですよ。それよりこの手紙ね。え?ああ、書状ね。はいはい。読むよ。

  あたしは、病んでいるので
  その間に、みんなにひと肌脱いでほしいのだけど
  伝書鳩で送った金額に共通するものがヒント
 (といっても、どちらも偶数、なんてちっぽけな共通点ではなくて
  もっと大きなのよ)
  私の病はその外のものだから
  それがわかれば特効薬もわかるでしょう

なんじゃこれ?」

客1「これを解読していただけないかと思いまして。伝書鳩で送った金額という点については、『二重に縁がありますね』というメッセージとともに8888円を受け取った者と、『ご縁がありますように』というメッセージとともに2020円を受け取った者とがおります」

裕太「それだけ?」

客1「それだけなんですよお」


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バー、”TOWN 808” で飲んでいる裕太。

裕太「マスター。この店の”TOWN 808”ってどういう意味?」

マスター、視線だけで白鳳の登場を感じさせる。

白鳳「待たせたな」

裕太「遅いよ。また女と油を売っていたんじゃないだろうな」

白鳳「女性と過ごすのは、油を売るうちには入らないと思うがね。マスター。ジョニーウォーカー・ブラック。ストレートで」

裕太「じゃあおれも、それ。五十四で」

白鳳「ん?ああ、ロック五十四ってシャレか」

裕太「あ、分かったね。やるね。それはそうと、この店の名前の808ってのが気になっていたんだけれど学識のある俺は判っちゃったよ。八百八狸の808だな」

白鳳「TOWNが説明できないだろうよ。808ってのは、江戸八百八町から取ったのさ」

裕太「あー!そういうことか。なんで判ったんだよ」

白鳳「ちょっと考えりゃ判るだろう。それより昼のお客様の話をしてくれよ」

裕太「はいはい。“はい”は81だね」

白鳳「やけに数字のシャレばかり言うな」

裕太「いやさ、この手紙を解読しろってことで、かくかくしかじかなことがあって、なんか足の速いらしい男と地味な女がやってきたんだよ」

白鳳「その件な。ちょっと気になるところがあって、向かいのビルの喫茶店からウチの事務所を覗いていたんだよ。男のほうはビルを出るとさっさと走って出て行ってしまったな。女がいたとは、俺も気づかなかった」

裕太「え?なんか怪しいじゃない。っていうか白鳳、お前近くにいたの?」

白鳳「まあいいじゃないか。それよりこの手紙だな。。2020でご縁と8888、二重に縁があるって。
ははーん。これは簡単だ。ヒントだらけじゃないか」

裕太「ええっ?もう判ったの?」

続く

Ver 1.1 2020/7/22

白鳳シリーズはこちらからもどうぞ

【落語(5)】 『SWEET MEMORIES(前編)』
 https://note.com/agawa_shou/n/n90bec4dfcfb0

【落語(5)】 『SWEET MEMORIES(後編)』
    https://note.com/agawa_shou/n/na89eccd4000c

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