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学習理論備忘録(36) たとえば認知症に


また勉強会の話は離れる。今日は認知症の人の振る舞いについての話だ。


認知症は、65歳以上の高齢者のおよそ15%を占める。その多くは、家族が介護しており、対応に四苦八苦する話はよく聞かれる。ここで診断基準に載っているような症状ではなく、認知症者の行動によって家族がなにに苦労するか?という観点で認知症に起こることをシンプルにまとめてみると

・ 黙っていると、やるべきことをやらない
・ 言っても、言うことをやらない
・ やらなくていいことをやる
・ 言ってもやめない

となるかと思う。


ところで「認知症」というのは、一般人でもまあまあの確信を持って貼るレッテルだ。統合失調症のように実はみんなあまり詳しく知らないものや、逆に発達障害のように分かった気になってレッテルを貼るものとも違い、素人の見立てが大きくハズレない。精神活動の中で知能の働きというものは分かりやすく、それが低下した状態というのもイメージしやすいのだろう。


認知症の原因についても、どういうわけか人々は話題にしない。これが統合失調症や発達障害ならば、「何が原因なんですか?遺伝はあるんですか?」といった、あまり役に立たない質問がよくされる。あるいは「発達障害の原因は◯◯だ!」などといった嘘八百は枚挙にいとまがない。

それに対して認知症を論じる際、アミロイド沈着だのレビー小体だのといった原因に関心を持つのは玄人ばかりである。「認知症の原因は老いである」と、分かったような分からないような因果律を、人々は受け入れている。「ものは下に落ちる」というぐらいに、「人は老いるとボケる」を身近に実感しているようだ。


病名についてのどうでもいい話もしておこう。

認知症は元来「痴呆症」であった。認知機能の低下をきたすのが本質だから、と名前が変わった。「適切な命名がされ良かった」と思うだろうか?だが統合失調症だって認知機能が障害される。かつては「早発生痴呆」と言った。また見過ごされがちだが、うつ病はその本質が認知機能障害と言えるほどに認知機能が低下する。精神科疾患の大半は、認知機能が低下する。

実は病気に限らない。人は感情的になれば理性の働きが低下する。また、幼いうちは成人ほどに認知機能が発達していない。感情的になっている人や子供を相手にして困るのは、認知症やその他の疾患の場合と構造的には変わらない。ただレッテルのイメージがなんか違うのと、それが一時的であったり今後良くなる・悪くなるといった見通しが違うだけだ。


だから本当は「統合失調症」「発達障害」「認知症」「幼児」といった区別・ラベルは必要ない。困った振る舞いの本質は同じだ。

まさか


「認知症を子供と同じに扱うのか!」


という不満を訴える人はいるだろうか?それは逆に子供をバカにしているというか、なにか差別しているのであろう。子供どころか、イヌのしつけやイルカの調教だって同じである。課題は行動変容だ。みな同じ生き物である。そこに分け隔てはないし、その違いを言い訳にもできない。

本質は

・ 黙っていると、やるべきことをやらない
・ 言っても、言うことをやらない
・ やらなくていいことをやる
・ 言ってもやめない

なのである。


具体的に考えてみよう。

私の祖母も、デイサービスに行きたがらなかった。だがそれでは介護をする家族の負担を減らせない。これは、保育園に行くことをいやがる子供と構造は同じである。だが、娘に「やっぱりデイサービスに行かない?」と勧められても祖母は「いやあ、人と話すのは苦手だし」と断っていた。

こういった人は多い。無理に勧める訳にもいかない。では対応を、どう変えたらいいだろう?


祖母は美空ひばりが好きであったから、ただひたすら美空ひばりのDVDを観るなどといったプログラムを施設で用意してもらえれば、黙って観ているだけでよいので行ってくれたかもしれない。そんなことをくり返して、そのうちに自然に友達でもできれば、デイサービスに行くハードルはぐっと下がるというものだろう。

相手のの好きなものを知っておくというのは役に立つ。


さて、行動分析の話をするときに、案外認知症の話が出てくることは少ない。だが行動分析家は、応用行動分析(臨床行動分析)が認知症に非常に役立つということをまったく疑っていないだろう。上記の話も、強化子を用いるという行動分析の枠組みで理解できる。(あるいはナッジ理論などの行動経済学の応用などとも言える)

実は臨床行動分析の言葉だけバージョンとも言ってよい「動機づけ面接」も、認知症の周辺症状に対する効果があることが示されている。行動を変えるためになされるのは、面接だけである。


無論それらは、無理強いするための道具ではない。相手が最終的にそれを喜んでできるようにお手伝いをしているのである。上記のやりかたでも施設に結構な協力を得る必要があるから、もっと現実味のあるものに改善する余地はあるかもしれない。


頭は使うためにある。ただこういうちょっとした工夫が思いつくのが、祖母が亡くなって少し落ち着いた後であったりするのだなあ。


Ver 1.0 2021/5/12

学習理論備忘録(35)はこちら。繋がってはいない。


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