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学習理論備忘録(48) 『「こころ」の病の教育は「からだ」で』

精神科では病気について家族に説明をする家族教育というものをする。クイズから始める、なんていうのはくいつきがよいだろう。たとえば摂食障害について

問題. 以下の摂食障害についての説明で、正しいものはどれか。

A 「体」に原因があって食欲がなくなり、痩せていく病気である

B  太るのが怖いといった「こころ」に原因があって、痩せていく病気である

こんな問題を出したとしよう。
これは簡単に解けそうではあるが、実は深い。


恐いものを避けるうちに恐怖症になってしまうとか、めんどうがっているうちに意欲もなくなるということはある。だが理由なく、ある日「きっと自分は狙われている」という妄想を抱く患者もいる。そもそも精神疾患を招くような「こころ」や「ふるまい」があるとしても、病気になり「やすい」人がいるわけで、その大元をたどると脳の形や機能の違いに行き当たる。

近年、神経炎症仮説というものが多くの精神疾患を説明できる、と話題になっている。こころの病に脳の炎症が関与しているというのだ。ミクログリアというものが脳の中での免疫に与っているのだが、こいつが活躍すると神経炎症が引き起こされ、うつ病や不眠といったさまざまな精神疾患をもたらす。

ミクログリアは神経細胞を攻撃するほうのものだが、逆い守るほうのものとして、脳由来神経栄養因子(BDNF)というのがある。こちらも広く精神疾患に関係がある。たとえば摂食障害では症状が重いときほど、このBDNFの量が減るということが明らかになっている。

遺伝精神疾患の関係も解明されつつある生まれつきの脳の性質として、風邪やストレスといったきっかけでなんらかの精神疾患になりやすい人というのがいるのだ。

神経が攻撃される。守られない。生まれつき障害されている。これらの機序はかなり複雑なものではあるのだが、いろいろ省略してとりあえずどれにも言える重要なことがひとつある。つまるところ、脳神経どうしのつながりの部分で、問題が起きてしまうということである。

先に理解しておいたほうがよいことを述べておこう。脳はコンピューターと同じように電気で動いている。だが電気だけで動くものは微調整が難しい。そこで、神経細胞と神経細胞の間にめっちゃくちゃせまーい隙間を設けている。そこでは電気信号を直接やり取りせずに、一度化学物質に置き変えて情報をやりとりするようになっているのだ。

この化学物質は、化学の実験で使ったような、物を溶かしてしまうとか、混ざると熱が出るとかいったようなものではない。生き物にとっては信号として意味があるのである。それは何種類もあって、それがたとえば「幸せ」だとか「興奮」だとかいったものの信号に使われているのである。

「こころの病」の持ち主は、この信号のやりとりの機能が、とにかく障害されている。それが「幸せを感じにくい」とか「落ち着きを得にくい」といった形で現れる。たいていの人はちょっとおいしいものを食べれば「ああ、幸せだなあ」と思えるが、そういうのがなくなったり、いっそ食べないほうが幸せ感を得るようになったりする。


こういった病気の仕組み(病理)はちょっと難しいので、患者の家族や一般の人に勉強してもらうのは大変かもしれない。だがうまく伝えることで、患者への理解がしやすくなるのではないか、と思っている。


ここで身体疾患として、たとえば糖尿病を考えてみよう。


糖尿病については、研究者でもない一医者がふと思いつき、無理を言って研究室を借り、医学生と二人で膵臓からその鍵となるインスリンを抽出することに成功した。1921年のことであり、それまでインスリンなどというものは知られていなかった。今では一般人でも、糖尿病は膵臓と関係があって、インスリンが治療にも使われるということくらいは知っている。

糖尿病患者がちょっと食事をしないと倒れるからといって、「気合が足りない」とか「根性があれば起きられる」などといって責めたり励ましたりする人はいないであろう。低血糖発作でもっとも必要なのは叱咤激励ではなく糖分だし、逆に高血糖発作ならばインスリンを打たなければならない。どちらも急いだほうがいい。

インスリンはホルモンである。セロトニンやドパミンといった脳内の信号に与るものは狭い意味でのホルモンではないが、体内で活躍する化学物質という意味では同じようなものと理解していい。だから糖尿病について理解をするように、精神疾患に理解をしてもよいのではないかと思う。


そもそも精神疾患患者が偏見を受け理解されないのは、それが「こころ」という見えないものの病だから、ではないのではないだろうか。膵臓だって見ることはできない。そうではなく「行動」や「表情」という目に見えるものが、我々の「常識」を誘い出し、「もっとがんばれ」「しっかりしろ」というような反応につながっていると思うのである。それがたとえ不適切でも。


精神疾患が解明されつつある。病気の人の脳でなにが起こっているかということを教育することによって、偏見を減らすことができるのではないか。私はそう考え、家族教育でも利用していこうと思っている次第である。


中島らもは『こころだって、からだです』と言った。まことに的を射た名コピーであった。



Ver 1.0 2023/1/14

学習理論備忘録(47)はこちら。

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