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学習理論備忘録(44) 『「食べない」が解明されつつある』

摂食障害についての備忘録を書く。

問題.  以下の文は、摂食障害ではないかと心配して受診した患者に、精神科医がしている話である。間違いを指摘せよ。

「食事量が少なくて痩せてきているから、摂食障害じゃないかと心配したということでしたよね? 摂食障害の中の拒食症というのは、昔から『成熟した女性になることへの拒否』によってなるとされているんですよ。あと、親が過干渉だとなることが知られていますね。お話を聞く限り、そういうのにはあてはまらなさそうですね。自分が痩せていることにも気づいているようですし、痩せたいとか、太るのが怖いとかもないので、単なる食欲の問題でしょう」

少し古い知識では解けない「難問」である。回答していこう。


『成熟した女性になることへの拒否』という摂食障害の病理は、今や否定された。そういう患者の一群はいたが、ほぼ全て境界性パーソナリティ障害としてそういう「症状」を呈していたというだけだろう。そもそも「昔から」とあるが、歴史的に摂食障害の報告は17世紀からあり、19世紀にもラゼーグという人の報告もあるが、そのようなことは一切言われていない。

・「ボディーイメージが障害され、自分が痩せていると思わない」という症状はよく知られているが、必ずしもあるものではない。それどころか、痩せたいとさえ思わなくても痩せてしまうタイプの摂食障害の人もいる。

・親の過干渉がこの病気に影響する証拠はない(遺伝的に説明できる余地があるが)。

・細かいことを言えば、摂食障害の中の拒食症、という治療分類も変わった。今は、食行動症または摂食症群の中の『神経性やせ症』になっている。



そういうわけで、神経性やせ症に関して思いつくままに特徴を列挙していく。

・生涯にかかる割合は1%
・以下の症状が現れる
   やせる(大人では BMI 18.5 kg/m2 未満のるい痩)
   体重が増えることを避ける(食べない、カロリーを控える)
   体重を減らすことをする(運動する、寝ない)
   体重や体型について合理的でない考え方(「太ったらおしまいだ」)
   自分自身に価値がないという思い(自尊感情の低下)

・神経性やせ症になるきっかけはさまざまで、ダイエットをしているうちにやせるのが止まらなくなることがある。また、神経性やせ症になりやすいタイプの人がいる
・幼少時に虐待を経験をした人はストレスに弱くなり、神経性やせ症になる下準備ができあがる可能性が、遺伝的観点(生まれたあとから遺伝が修飾されるエピジェネティクス)から示唆されている

摂食障害の治療として推奨されるものには、摂食障害用に作られた認知行動療法がある。他に MANTRA、SSCM といった精神療法が推奨される。小児には摂食障害に特化した家族療法が推奨される。


神経性やせ症の診断は、見落とさないようにする必要がある。受診理由が「食べない」でなかった場合、案外見逃されがちだ。引きこもりだと思っていたら、とんでもなくやせていた、なんてことがあり得る。やせがひどいとカウンセリングはほぼ無意味・有害になる。まず体重を最低限に整えることから始まる。



摂食障害は、精神科臨床の穴であった。今、摂食障害がどう医学教育されているか知らないが、古い臨床家が誤解している点は多そうだ。というのは、かつては流行し研究する人も多かった摂食障害が、いっとき罹患者が減り、学会員も増えず、ほとんど話題にされなくなっていたからである。新しい知識が更新される機会が減ったのだ。

ところがどうも最近になり、再び摂食障害が少しずつ注目されるようになってきたようである。分子生物学的な解明もかなり進んだ。


なんと、神経性やせ症になりやすい人がいるという。そういう人たちにストレスや感染症等によって起きた神経炎症が、精神症状をきたす要因のひとつになることが判っている。

また、ストレス・感染症等のある際にやせることに成功するとトリプトファンの減少セロトニン受容体の増加を介し、安心感がもたらされることも明らかになった。

やせると幸せを感じるようになってしまう体質の人がいる、というのはなんとも不幸である。このような解明により、本人に責任があるのではない、ということがより科学的に論じられるようになったことは驚きであるとともに、喜ばしい。心理教育にも用いられるであろう。



Ver 1.0 2022/9/8

学習理論備忘録(43)はこちら。


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