アニメ映画『ルックバック』感想 その背に負う創作の業
完成度の高い原作を、見事に補強した映像化作品。アニメ映画『ルックバック』感想です。
『チェンソーマン』で知られる藤本タツキさんの短編漫画作品を原作として、アニメーターの押山清高さんが、監督・脚本・キャラクターデザインまで手掛け、劇場用としてアニメ化した作品。
原作漫画は、WEBの「ジャンプ+」で発表された当日に読んで衝撃を受けて、単行本が発売されてからも、何度となく読み返した、令和初期の名作漫画であることことは間違いない作品です。そのアニメ化とあれば注目せざるを得ないのですが、原作と同じにこのアニメ化作品も、大きな反響を呼んでいるようです。
原作漫画自体が、既に映画的演出が多く、かなり完成度の高い作品だったので、いずれ映像化はされるだろうと思っておりました。そして、そんな読者の願いに応えるかのように、このアニメ化はかなり原作をなぞる作りになっています。物語としてのオリジナル要素はほぼ入れることなく、上映時間も1時間を切る短い作品に仕上げ、原作を絵コンテにして作ったような印象を受けました。
多くのファンがそれを望んでいるとはいえ、意外と大胆な作りと言える気もするんですよね。物語を知っている観客だとすれば、ただ単に漫画のコマ毎にスライドショーを見せられる印象になる可能性もあったと思います。
もちろん、そういう作品にはなっておらず、アニメ動画としてかなり質の高いものになっています。CG的な質感が主流となっているアニメ界の中で、本作の「手描きの質感」は、より際立って印象的なものになっています。このザラついたような画の質感は、藤本タツキさんの原作タッチの再現にもなっているし、作中の主人公2人が執拗に絵を追求していた創造力にも繋がるし、観客の心の中に残り続ける引っかかりのような役目も果たしているように思えます。
物語が非常に感動的なのは、幾度も読んで知っているので、原作初見には及びませんが、そこよりもこの動画の滑らかさ、作中の藤野と京本が「生きている」という事実を見せられたことに大きく感動してしまうんですよね。先述したように、物語としてのオリジナル部分は皆無ですが、コマの間で描かれていなかった動きの精度の高さが尋常じゃないんですよね。藤野の貧乏ゆすりなども、原作にはない描写ですが、動きとして物凄く説得力あるものになっています。それが藤野の漫画を描くための努力という描写に繋がっているし、物語を補強する大きな役割を果たしています。本当に2人が大きなリアクションをする度に泣きそうになってしまいました。
そして動画だけでなく、藤野と京本に生命を吹き込んだのが、声優を務めた河合優実さんと吉田美月喜さんの演技です。京本役の吉田さんは存じ上げませんでしたが、もう漫画を読んでいた際の脳内再生していた京本の喋りがそのものズバリという感じですね。方言が強く残ってしまう感じ、「うええ~!? みたいみたいみたい」という台詞は、オタク特有の、尊敬に快楽が混じったような独特の喋り方になっていて、かなり理解度がある演技をされていると思います。
さらに、またしても登場する河合優実ですよ。本当に2024年は河合優実さんの年になっています。小学生の喋り方、漫画家として連載を始めてからの大人の喋り方、この間に至るまで、1人の人間の声で、本当にミリ単位の変化でグラデーションを付けているのは驚異的な演技になっています。いわゆるアニメキャラ声優の演技とも違うし、だからといってジブリ作品のような俳優による抑えた声の演技とも違うものになっています。形容するなら「藤野という人の声」としか言いようがないものなんですよね。
河合優実さんは、この映画感想でも幾度となく出演作を取り上げています。『佐々木、イン、マイマイン』に始まり、『サマーフィルムにのって』『由宇子の天秤』『愛なのに』『PLAN 75』『少女は卒業しない』、そして先日の『あんのこと』と、主役、脇役と、どの役でも印象に残る演技で、既にレジェンド役者と個人的には思っているのですが、「声優やらしてもスゴイのかよ」と、半ば投げやりに絶賛してしまうモードになっています。マジでこれ観て、役者辞める人が出てきてもおかしくないんじゃないですか? ちょっと全方位で比類ない演技をし過ぎだと思います。
原作漫画の完成度の高さを、アニメ作品としての完成度の高さへ変換に成功することで、よりこの物語の幾重にも重ねられたメッセージが際立つものになっています。4コマの原稿が舞い落ちる場面は、動画だからこその意味と美しさが込められているように感じられました。
タイトルに差し掛かる「背中を見る」「振り向く」「振り返る」という幾つもの行為が全て感動的だし、創作に取り憑かれた人間の壮絶さ、恐さ、そしてその先にある僅かだけど確かな歓び、そういったものがグチャグチャになった感情を纏って、心に刻み込まれるものになっています。
違う選択をした世界でも、必ず2人は出会うはずというメッセージは、とても優しいものであると同時に、必ず創作に取り憑かれるはず、逃れられることはないという厳しいものでもあると思います。ラストで漫画を描き続けるその背中には、喪ったもののためというだけでなく、やはり自分のためでもあり、喪ったものの業を背負ったためというものに思えてなりませんでした。
CG的なアニメが台頭する中で、そのカウンターとして手描きを強調する手法と、それをテーマにした物語であることは、アニメ手法の回帰ではなく、表現の幅を広げるものだと思います。この先も、作品によってはCGと手描きが両立して、多様な作品を生み出せることの証左になるものです。今作も大ヒットしているようだし、アニメ業界自体、非常に経済を大きく動かす大産業に既になっているはずですよね。願わくは、こういった漫画家、イラストレーター、アニメーターの方々が、搾取されることなく、真っ当な報酬を得られるようになることを祈ります。
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