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映画『アンテベラム』感想 差別は恐怖からやって来る


 何書いてもネタバレになるところを、あえてネタバレなしでチャレンジ。映画『アンテベラム』感想です。

 南北戦争下と思しきアメリカの、南軍の旗が掲げられた綿花農場。そこでは軍属の白人やその家族によって、多くの黒人が奴隷として厳しい労働を強いられていた。奴隷の1人であるエデンと名付けられた女性(ジャネール・モネイ)は、脱走の機会を図り続けていた。だが、なかなか機会は得られず、そうしている間にも、エデンは蹂躙され続け、彼女の目の前で同胞たちが殺されていってしまう。
 場面は変わり、現代に暮らす言論人のヴェロニカ(ジャネール・モネイ)は、黒人や女性への差別撤廃を訴えて支持を拡大しながら、心優しい夫、幼い娘と暮らして、順風満帆な生活を送っている。講演会でニューオリンズを訪れたヴェロニカは、講演後に友人とディナーを楽しみ、ホテルへ帰ろうとタクシーに乗るが、それが彼女にとっての悪夢の始まりとなる…という物語。

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 人種差別を「恐怖」として捉えたホラー作品『ゲットアウト』『アス』でプロデューサーに名を連ねていたショーン・マッキトリック制作で、ジェラルド・ブッシュとクリストファー・レンツが共同で初長編監督と脚本を務めています。
 テーマとしては、『ゲットアウト』『アス』と同じく、差別問題を恐怖とするホラー作品です。主演が、俳優でありミュージシャンとしての評価も高いジャネール・モネイというのも、テーマを際立たせていますね。モネイは2019年のフジロックでライブを観ていますが、英語はわからずとも、有色人種、女性、その他マイノリティへの支持する気持ちが伝わる素晴らしいステージでした。

 あらすじにある通り、2つの時間軸が描かれているんですけど、この2つが交わる仕掛けが物語に施してあり、それに気づいた瞬間、まさしく「アッ」と驚くものになっています。ただ、それを知ってから観てしまうと、物語の質は半減してしまうので、ここではそこに触れず、それ以外の部分での感想を書いていきます。

 オープニングから、綿花農場を映すワンショットの長回しが入りますが、これが素晴らしいんですよね。少女と母親の微笑ましく穏やかな姿を見せておきながら、その後の黒人たちが労働している姿をシームレスに繋ぐことで、その平和は理不尽な犠牲で支えているものということを、一発で理解させてくれます。
 その後、物語全体でも、黒人が干す「白い」シーツ、黒人が収穫する「白い」綿花と、執拗に白色との対比を繰り返すのも、胸クソ悪過ぎて、見事とともいえる手腕ですよね。肉体的な暴力での差別表現も多い作品ですが、この画面比喩での差別表現の方が気分悪くなります。差別表現について考え抜いた結果、最も効果ある差別表現に行き着いてしまったかのような演出です。

 それと対になる、ヴェロニカの生活周囲での描き方もまた秀逸ですね。こちらのパートでは、ヴェロニカはむしろセレブといっても良いくらいの地位にいるわけですが、そこかしこに、「もしかしたら差別?」と感じさせるものを潜ませているんですよね。ホテルの受付に並び自分の番になった時に受付が内線電話を優先させるとか、レストランで予約をしたら、壁際の席を用意されていたとか、これをいちいち騒ぐレベルのものではないとは思うんですけど、差別されてきた歴史というものにより、疑念を植え付けられているという描写だと感じました。
 そして、その「差別かも」という違和感を、ホラー映画特有の惨劇が始まる前の不気味な「違和感」として使用しているというのが、非常に巧みな演出となっていると思います。この辺りが、お約束をアップデートした新世代のホラー作品に仕立て上げていると感じました。また、劇中で語られているように、差別する側の動機も「恐れ」からくるものというのも、このテーマをホラー映画で描くことに繋がっていると思います。

 ジャネール・モネイは音楽の方の活躍しか見聞きしていなかったのですが、演技も良いですね。黒人としては演じるのが相当キツイ役どころだったと思うんですけど、恐怖に怯える表情、屈辱と怒りに震える表情からの、ラストの凛々しい勇ましさまでの変化を地続きできちんと演じています。

 今作のメインとなる物語構造の仕掛けは、かなりの力業ではあるので、正直、流石にリアリティのあるものではないとは思います。そのことでB級映画になってしまっているという批判もあるようですね。
 ただ、この映画そのものが比喩表現のようなものだと、個人的には解釈しています。ここで描かれていることは現実的ではないですが、白人至上主義は、これくらい恐ろしいもので醜悪なものを内包している思想だということを描いているんだと感じました。

 個人的には、終盤でそれまでされてきた差別暴力へのカウンターが「目には目を、歯に歯を」的なものだった事が若干悲しくなりました。シンプルに因果応報という捉え方も出来るのですが、やはり意趣返しではなく、なおかつ決定的にダメージを与える、ネクストレベルな方法を見たかった気もします。
 まあ、先述したように、あくまで今作は「ホラー映画」なわけなので、あの形は定型としても必要だったようにも思えます。

 未だ根強い差別意識が残るアメリカではありますが、それに対してここまで強い表現で「NO」を突き付けるのもまた、アメリカという国の強さ、多様性ではありますよね。表現することへの希望は失われていないと感じさせてくれました。


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