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映画『TITANE/チタン』感想 理解不能な不条理の快感

 観た直後の混乱と混沌を愉しむ作品。映画『TITANE/チタン』感想です。

 幼い頃、交通事故で負傷した頭部にチタンプレートを埋め込まれた女性・アレクシア(アガト・ルセル)。それ以来、彼女は車に異様に執着を持つようになる。成長したアレクシアは、モーターショーでの人気ショーガールとなったが、車以外の他者を拒否し続け、やがては衝動を抑えられず殺人を重ねるようになる。ある夜、男を殺したアレクシアは、モーターショーの車が扇情的に動いているのに気づき、その車と「性交」を果たす。それ以来、アレクシアの身体に異変が生じ、彼女は自身が妊娠していることに気付く…という物語。


 『RAW~少女のめざめ~』で知られるジュリア・デュクルノー監督による作品。批評家から絶賛され、カンヌ映画祭ではパルムドールを受賞、史上2人目となる女性映画監督のパルムドールと話題になっています。
 前作の『RAW』は未見のままで、あまり予備知識なく観てみたんですけど、予備知識があってもなくても、ブッ飛ばされる映像体験で完璧にヤラれてしまいました。
 
 とにかく、ジャンルにカテゴライズすることが出来ないというか、完璧に拒否している作品ですよね。序盤のエグいバイオレンスシーンはサイコ・スリラーな雰囲気ですが、人間よりも車に欲情する女性主人公、さらに実際に性交(文字通りの「カーセックス」!)して、妊娠までするという非現実的な不条理さは、安部公房の小説のように感じられました。
 
 あまり説明的な台詞や映像もないので、何を意図した場面なのか、はっきりとした解釈が難しい作品です。正直、あまり比喩表現の読み解きとか、作品を通して監督が表現した意図とかを、はっきりとした言葉にするのを拒否しているようにも感じられます。安部公房の小説も突拍子もない設定や表現が飛び出しますが、それが何を意図しているのかなんて理解することを端から拒否している表現だと個人的には考えています。
 そして、その理解出来ない快感みたいなものを堪能する芸術でもあるんですよね。この作品もその快感は確実にありました。
 
 アレクシアが男女問わず自分に欲情した人間へ殺意に駆られるというのは、シリアルキラーのような快楽殺人では全くなく、本当に行き当たりばったりで殺していくんですよね。何か人間的な「柔らかいもの」への憎しみのように感じられました。車に対する執着は、鉄とか固い物質の壊れないものへ向けられていて、それとは対照的に壊れやすい人間への人体破壊に繋がっているように思えます。
 
 そこから逃亡先として、消防士のヴァンサン(ヴァンサン・ランドン)の行方不明だった息子に成りすますという無茶な生活が後半のメインになるんですけど、このヴァンサンというキャラクターも、歪なものになっています。
 老いを隠すために、尻に筋肉増強剤を打ち続け、強権的な父親であることにとりつかれている男で、現代の価値観では敵視される「マッチョイズム」の極致のような姿であろうとする哀しい人間なんですね。前半でアレクシアに殺されていく男女とは、また違う形で人間らしいとも思うのですが、なぜかアレクシアの殺意はそれほど湧かずに、どこかで通じ合っていくという姿が描かれています。
 
 通じ合うといっても、アレクシアが人間性を取り戻す感動的なドラマというものでは全くないんですよね。そもそもヴァンサンも息子としてアレクシアを受け入れていますが、本当の息子ではないというのが解り切った上での選択なんですよね。もはや息子のフリをしてくれるなら誰でもよかったとすら思えてきます。
 
 アレクシアとヴァンサンの間に生まれた絆が「愛」だったとは思いますが、ちょっとそう呼ぶには躊躇ってしまうものがあります。ただ、美しさとかを感じさせるものだけが「愛」というわけではないという表現だと考えると、何となくしっくり来るようにも思えるんですよね。多様性を認めるなら、この愛のカタチも認めて懐の広さを見せてごらんよ、と挑発的な表現にも感じられました。
 
 ちょっと類を見ないインパクトある映像作品ですが、受胎の現象を身体が変化していく恐怖として表現する作品はホラーでもあるし、鉄と肉体の融合は、塚本晋也監督の『鉄男』を想起させますので、その系譜に連なる作品だと思います。引き合いに出されているデヴィッド・クローネンバーグ『クラッシュ』は未見なので、前作『RAW~少女のめざめ~』と共にチェックしてみたくなりましたね。
 
 いやー、でもここまで書き連ねても、何となく的外れな感想になってしまっているような座りが悪い気がします。色んな方の感想や考察を読んでいても、あまりしっくりくるものが無く、こんなにも全体像を把握できない作品は久々です。けれども、難解な作品という印象よりも、シンプルに面白かったというのが先に来るのも事実なんですよね。エンタメしている作品とは言えませんが、訳のわからなさで煙に巻こうとしている作品ではないと感じます。

 この理解不能状態になる快感を愉しむ作品だと思います。作った監督も狂っていますが、これを評価してパルムドールに選んだカンヌ映画祭の審査員も充分に狂っていますね。


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